十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

過去ログ

『チーズはいらない』

 ご無沙汰しております、十文字です。約一ヶ月ほど更新が滞ってしまいました。すみません。
 そのためという訳ではございませんが、文字数が掌編と呼べる範囲を少し越えてしまい3000文字弱ありますが、最後までお読みいただけると幸いです。
 今回は、『チーズはどこへ消えた?』のオマージュです。



 真冬の早朝、二階建てのアパートの一室で事件起きた。
 その部屋に住む大学生の香山京介は、刺殺体で発見された。部屋は荒らされた後で、金目のものはほとんど盗まれていた。
 その状況からすれば、誰が見ても物取りの犯行で外部の者が侵入し香山を殺害。強盗殺人事件とみて間違いはないだろう。そう、初めは部下の水口も判断していた。

「先輩、これは面倒なことになりましたね」

「ああ、でも決めつけるのはまだ早い」

 初動捜査というのは、とても大切で現場の状況を元に犯人の手がかりを見つけ、事件解決の糸口を探す。その際、何かしらの見逃しのせいで、犯人を取り逃がしたり、謝って罪のない人間を疑うことに繋がってしまう。これは捜査の基本だ。
 それを先輩としてしっかりと部下に指導していかなければいけない。

「なあ、鑑識の言っていた、あれについてはどう思う?」

 私の質問に、水口は絵に描いたような惚けた顔をする。

「どうって、今回の事件とは別に関係ないんじゃないですかね」

 些細なことでも疑問に感じたら調べてみる。それが私のモットーでもあった。だからこの違和感だけは、私の刑事としての勘が何かを知らせていた。

「まあ、状況を改めて整理してみろ。
 被害者は早朝、朝食を食べていたんだろう。食卓に用意された食器なんかを見ればよくわかる。
 その最中に訪問者が現れた。被害者が疑いもなく玄関の扉を開けたところから、顔見知りの線を疑うが、宅配便や郵便局員を装えば、その線も怪しくなってくる。
 扉を開けたところで被害者は撲殺。怨恨であれば、犯人はそのまま逃走するのが定石だが、部屋中を荒らし金目のものを盗んでいるところから、窃盗の容疑も重なる。容疑者を絞るには、まだまだ時間がかかりそうだな。
 そこでだ。鑑識が話していたこと。『どうして犯人は、冷蔵庫の中まで荒らしたのか』ということだ」

 鑑識に言われてから、私も自分の目で確かめた。冷蔵庫の中が、まるで飢えに襲われた人間が荒らしたかのようにぐちゃぐちゃになっていたのだ。

「お腹が空いてたんじゃないですかね。ほら、空腹の時って、冷静な判断を失っちゃうって言うじゃないですか。だから犯人も、被害者が焼いていたパンの匂いに連れられてこの部屋まで来て、被害者を襲い空腹を満たした。そしてついでに金目のものを盗んでいった。今後の飢えを凌ぐために」

 水口の見立ては一理ある。しかし、私にはどうしてもある一点が、喉につっかえた小骨のように痛く残っていた。

「それじゃ、なんで犯人はパンに手をつけていないんだ?」

 そう、今ではすでに冷え切ってしまったトーストされたパンは、一切手つかずのまま残されていたのだ。

「気づかなかっただけ」と水口が言葉を挟もうとしたのを、私は察して先に制した。

 気づかないはずがない。なぜならトーストされたパンの漂う香りは、飢えた人間にとっては至高の賜物のはず。いわば調理されている温かな料理を目の前にして、冷えた冷蔵庫の食品を貪ることが信じられななかった。

 すると、水口が私の思考には一ミリも出てこなかった発言をしてきた。

「……チーズが、乗ってなかったからじゃ」

「チーズ?」

「はい。だって折角トーストしているパンに、何も乗せないで食べるのって変じゃないですか?」

「いや、だからといってチーズじゃなくても良くないか。それにもし、犯人が飢えていたなら、そんなこと関係ないだろう」

「でも、よく見てください。冷蔵庫の中にパンにつけるジャムやバターがないんですよ。犯人はこだわりがあったのかもしれません。パンにはチーズを乗せる。だから、チーズを探した。それでも見つからなかったから、パンを食べるのを諦めたんじゃないですか」

 だんだんと犯人像が見えてきている。そう考えれば、捜査が進んでいると思えるが、これは水口の推論に過ぎない。全く違う方向へと進んでいる可能性の方が高い気がしてならなかった。

 そもそも飢えている人間が、パンにチーズが乗っているかのどうかの判断で、口にするかしないかのこだわりを持つ意味がわからない。そう考えると、自ずと別の考えに向かう。

「それなら犯人はべつに飢えていた訳ではないというふうに考えた方が自然だ。そのこだわりと飢えでは、相反する行動だからな」

 それではなぜ、犯人は冷蔵庫の中を漁ったのか。金目のものが入ってると、考えたのか。それとも被害者に対して、食に関して恨みがあったのか。捜査は暗礁に乗りあげようとしていた。

 その時、ふと水口が独り言のように呟いた。

「チーズはいらない。チーズいらない……あ、もしかして!」

 すると、水口は部屋の奥から一枚の写真を持ってきて、私に見せてきた。

「先輩、これ見てください」

 その写真には、被害者とその恋人と思われるような女性が写っていた。その写真はすでに私も確認していて、その女性との連絡を今取っている状況だ。ただ、それを今更見せられても、私は首をかしげるだけで、水口の言いたいことの意図が伝わってはこなかった。だから聞いた。

「この女が犯人なのか?」

「ええ、その可能性は大きいですよ。だって見てください。この写真、彼女の方はとても笑顔でピースしてますけど、被害者はピースもしてないどころか、笑ってもいない。恋人と一緒の写真で、笑わないのは不自然じゃないですか?」

「いや、だからといって彼女が犯人という決定的な証拠にはならないだろ。いくら二人の関係に、いざこざがあったとしても、写真に笑顔がないからといって」

「こう考えたらどうです。彼女は自分がやったんだっていう証拠を敢えて残したんです。彼氏を殺す覚悟があった。でも、その後逃げられる自信はない。だから自分を捕まえてほしいっていうメッセージを残すパターンもあるじゃないですか。今回はそれなんですよ」

「いやいや、だからそのパターンだとしても、どこにその捕まえてほしいっていうメッセージが残されているんだ」

「写真を取る時のかけ声、先輩知ってますよね」

 私は水口のその言葉で、まさかとは思ったが、水口はそのまさかを口にした。

「『はい、チーズ』です。これは、笑顔を作る合い言葉的な言葉。この写真に笑顔がないということはつまり、チーズがないってことなんです」

 水口はまるで、素晴らしい名推理を言い終えた探偵のように鼻を鳴らした。

 時に私の勘は、間違った方向へと導くことだってある。今回もそう。結局犯人は、被害者とは一切面識のない男。強盗殺人として捕まった。
 水口の発想は、悪くなかった。だからその時も、ひとつの案として受け入れたのだが、ただ本人には敢えて言わなかったことがある。

 それは、「チーズ」というかけ声は、「ズ」と最後まで発言してしまうと、笑顔にはならない。だから笑顔にするという意味では、少し物足りなかった。

 チーズのように温めるだけで溶けてしまうような事件ならば、水口の発想は活かせるかもしれない。

『落ちていく彼』

  2階
「それで、どうするの?」
「ファミレスで良いんじゃない。俺、好きだし」

 結局、ファミレスか。という私の表情を、彼は全く見ていない。それもいつも通りだったので、私は諦めていた。
 彼が私のことを見てくれなくなったのは、いつ頃からだったのだろうと考えてはみたが、全く思い出せなかった。

  3階
「近所のとこ?」
「うん。美味しいからね。あそこは」

 彼は楽な人生を歩んでいる。好きな時に好きなことをする。嫌な箱とからは逃げる。極力努力はしない。
 初めは私も戸惑ったけれど、慣れてしまえば何のことはない。いつの間にか彼のペースに合わせて生きていくようになった。しかし、彼を好きになった理由が、今でも思い出せない。

  4階
「そういえば、昨日はどうだったの?」
「ああ、あれはちょっと酷いよ」

 彼が酷いと言葉を漏らした理由は、私の悪戯によるものだった。
 実は昨日、彼のお弁当の袋の中に、彼が大っ嫌いな虫のおもちゃを忍ばせておいた。彼からすれば、肝を冷やす事だったろうと、想像するだけで私は笑みを浮かべていた。

  5階
「仕返しだよ」
「それにしたって僕の唯一の楽しみランチタイムが……」

 私が彼のランチタイムを台無しにした理由。それは昨日の記念日を、彼がすっぽかしたからだ。
 ランチタイムなんて毎日やってくるけど、記念日は年に一回きり。私のショックから比べれば、彼の悲しみなんて比べものにならない。それに……。

  6階
「それでも夕食は、一人で美味しいもの食べたんでしょ」
「……まあね。でも一人って言うか社長たちとだけど」

 会社の社長たちとの会食。詳細は聞いていないけれど、普段私が食べないような食べたに違いない。
 どんなお店で、どんなものを食べて飲んだのか。はっきり答えてくれないところに、本人にも後ろめたい気持ちがあるのだろう。

  7階
「はあ、私もキャビアがのった伊勢エビとか舌がとろけるようなお肉、食べてみたいなあ」
「だからまた今度、美味しいお店、連れて行ってあげるって言ってるじゃん」

 私は彼に睨みをきかせた。
 本来なら記念日のにちょっとお高いレストランで食事。という予定だったのだが、いつも通り部屋での食事になりそうだった。

  8階
「記念日は年に一度しかないんだよ。それを逃したら一年待たなきゃいけないんだよ」
「……うん、だから、ごめん」

 歯切れの悪い返事。彼の中でも反省をしてくれている様子だが、私の怒りは収まっていない。
 私は今晩、再び仕返しをするつもりだった。

  9階
「それじゃ、私の言うこと、聞いてくれる?」
「え、あっ」

 私は彼の言葉を聞くや否や、思い切り彼の背中を押した。
 彼の身体が宙を舞う。そして彼の顔が逆さまになって見えた。

  10階

「ごめんね」

  1階

 肢体をおかしな方向に曲げた彼は、地面に仰向けになっていた。

 最後の会話。
 彼にとっては何気ない日常だったのだろう。
 落ちていく彼は、なぜか笑っていた。

『兄弟』

 ※※※

 強くて格好いい、僕のお兄ちゃん。

 僕ら兄弟は、生まれた時からずっと一緒に過ごしている。

 兄ちゃんは物知りで何でも知ってるから、僕にとっては先生でもあるんだ。だからといって、喧嘩をしないわけじゃない。

 僕がわがままなことを言うと、ちゃんと叱ってくれる。その時は、いつも僕はふてくされるのだけれど、僕もすぐに反省して謝る。最近は少なくなったけどね。

 そんな頼れるお兄ちゃんにとっても苦手なことがあるらしい。でも、それが何なのか、僕は知らない。
 いつも「誰にでもひとつやふたつ、苦手なものはあるもんさ」と言っているから、お兄ちゃんにもあるんだなって、僕は思っているんだけど、僕はそれを聞こうと考えたことはない。

 だって、お兄ちゃんが苦手なもの、それは僕にとっても絶対に苦手なものに決まっているから。それが兄弟ってやつでしょ。

 ただ、ある日お兄ちゃんが何かを悟ったかのように、僕に話してきた。

「なあ、弟よ。お前は将来、何かしたいことでもあるのか?」

「将来? あまり考えたことがないな。お兄ちゃんとずっと一緒にいられれば、それで十分だよ」

 僕がそう答えると、お兄ちゃんは小さく笑った。

「そうか。お前はやっぱりかわいいな。……なら、問題ないか」

「問題ない?」

 僕が首をかしげた瞬間、ふっと身体が軽くなった気がした。

 世界が宙を舞っている。それでも、僕とお兄ちゃんが離ればなれになることはない。僕らは繋がっているから。

 だから僕は安心していた。それに回っている世界の中でも、お兄ちゃんの表情だけは、はっきりと見えていたから。
 でも、その表情は、とても哀しそうだった。

「弟よ。俺たちはずっと一緒だ。それだけは例え何があっても――」

 お兄ちゃんの言葉の意味が、その時の僕にはよくわからなかった。


 ※※※


「好き嫌いはダメよ」

 お母さんにそう言われ、ぼくはふてくされた。

 食後に頼んだパフェ。そこには必ずと言って良いほどサクランボが入っている。ぼくはそれが好きじゃなかった。

 すっぱいし、ほとんど種。鳥が食べるものだろうって。

 ただ、今回注文したパフェには、二つの実の付いたサクランボが添えられていた。

「じゃ、俺にくれよ」

 隣に座っていた兄がそう言うと、間髪入れずにパフェの器に残っていたサクランボをひょいとつまみ上げて、口の中に入れてしまった。

 いくら嫌いなものでも、自分のものを兄に横取りされたのかと思うと、ちょっと気分が悪い。

 兄は自分勝手で、自分の思い通りに行かないと機嫌を損ねる。醜く太った頭の悪い兄だった。

 きっとぼくらは将来、一緒に暮らすことはないだろう。
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