十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

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『ゆかしい』

「わたしからあなたに、どうしても伝えたいことがあって、だけど今実際に会うのは難しいので、こうして音声だけを録音しています。

伝えたいことというのは、二つあります。

ひとつは、わたしと別れて欲しいんです。

わたしとあなたは約三年間、恋人同士としてお付き合いしてきましたが、それをもう終わりにしたいんです。

ただ、あなたも寝耳に水というほどでもないのでしょう。

ここ数ヶ月は、ほとんど恋人のような真似事はしていなかったし、更にいえば連絡したり会ったりしたことすらなかったですよね。

もうその時点でわたしたちは終わっていたんです。だけど、何の区切りもなく自然消滅だけは避けたかったので、こういう形で区切りをつけさせてもらいます。


あなたは、こんなに変わり者のわたしを、唯一心から受け入れてくれた人でした。

最初は騙されているんじゃないかとずっと疑っていました。だからいつものように初めは友達関係として、それ以上親しくならないようにと、距離を置いていました。

しかし、あなたの純粋な笑顔と真っ直ぐな言葉に魅せられて、わたしも心を許した。それからはもう、わたしはずっとあなたの虜でした。

……。

ごめんなさい。

あなたが世間体を気にする人ではないことはわかっていました。悪いのはあなたの周り。人の悪口を言うのは心苦しいけど、それだけは言わせて欲しい。

その世間体を気にする周りの人間に、あなたは動じていないように見えて本当は苦しかったのでしょう。わたしからはそう見えました。だからこれ以上あなたを苦しめたくはなかった。

根源であるわたしがあなたから離れれば、これ以上あなたを苦しめることもないでしょう。

本当に、今まで、こんなわたしのことを好きでいてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。

最後に、もうひとつの伝えたいことを言います。

せめてあなたのお腹の中の子どもの様子が、とても気になります。欲を言えば、この手で触れて、二人の愛の存在を実感したかった。今となっては死んだ子の年を数えるようなものだけど。



伸次郎ことサトミより。それじゃあ……」

『わする』

「ねえ、今日って何の日だっけ?」

「何の日って、今日はお祭りだろ。だから二人して浴衣に身を包んで神社に来てるんじゃないか」

「ええ確かに今日はお祭りね。でも、もっと大切な日でもあるの。そもそもわたしにこんな質問をさせてる時点で問題だわ」

「大切な日って?」

「……はあ、今日はわたしたちの結婚記念日よ。しかも初めての」

「結婚記念日はらいげ……あ」

「“あ”じゃないわよ。こっちはどれだけこの日を楽しみにしてたと思ってるの? “お祭りに行こう”って誘ってくれたから、何かここでサプライズでもしてくれるのかと思ってたけど、全然そんな素振りもしないじゃない。もう我慢の限界よ」

「いやいやいや、こ、これから、そ、そのサプライズ、サプライズをやろうと思ってたんだよ。じらした方が効果あるかなって」

「サプライズを予告しちゃったら、驚きも感動も台無しじゃない」

「そんなことないよ。ほら、このタコ焼きでも食べる?」

「いらないわよ」

「そんなこと言わずにさ。このタコ焼き美味しいよ。それに喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうじゃないか」

「知らないわよ」

「それにほら、こういうお祭りとかって縁日って言うだろ。良いご縁がある日が記念日なんて運命的だと思わないかい?」

「どうだか」

「折角だし、ちょっとお参りして行こうよ。縁日に参詣するとより御利益があるんだってさ」

「勝手にしてよ」

「君と過ごしてiいる日々を一生忘れることのないようにして下さい。それが僕の願いです」

「……その願い、叶えてよね」

『あまつさえ』

「ごめんなさい」


「え、ちょ、どうしてさ」


「本当にごめんなさい。これ以上は無理なの」


「無理って、別れるってこと」


「そう」


「理由を教えてよ。そうじゃなきゃ納得できない」


「理由を話したところで、あなたは納得しないわ」


「確かに、今の状態じゃ何を言われても納得はしないだろう。だけど理由も無しに袖を分かつのはないだろ」


「本来なら、あなたに何も告げず蒸発するつもりだったの。でもね、その後のことを考えたら、なんだか惨めに思えてきて」


「そんな……」


「それに謝るべきなのはあなたよ。それを自覚してない時点で、一生納得はできないでしょうね」


「ごめん……俺に悪いところがあるなら言ってほしい。……謝るから」


「あのね、謝る時に感情が籠もっていれば、それは感謝に繋がるの。あなたには不可能だろうけど」


「……感……情?」


「あ」


「か……じょ……」


「しまった。これはアンドロイドには禁句だったんだわ。ふられた腹癒せにやるんじゃなかった」

『うらがなしい』

「先輩!」


「ん?」


「ちょっと相談したことがあるんですけど?」


「え、どうしたんだ急に?」


「心からのプレゼントってどんなものが良いと思いますか?」


「え……心からのって、た、大切な人にあげるものってこと?」


「ええ、まあそんなところです」


「そうだね、それなら心がこもっていれば、どんなものでも相手は喜ぶんじゃないかな。でもだからといって、相手の喜ぶものでなれば、例え心がこもってたとしても、相手は心から喜べないだろうね」


「そうなんですよ。相手の人は読書が趣味で本をプレゼントしようかと思ったんですけど、相手の趣味に合った本がわからなくて。本好きの先輩なら色々知ってると思って」


「頼ってくれたのはありがたいけどなあ。相手がどんな人かわからないと……」


「それじゃ、誰もが貰って喜ぶような本ってないんですか?」


「え、うーん。なら聞くも涙語るも涙の物語のような本ならどう? 感傷に浸るのも悪くないよ。そういったジャンルの中で良い物語を知ってるからよかったら紹介するよ。俺はそういう話好きだし、そのお相手さんにも勧めたらどうかな」


「そうですね。先輩がそういうなら、それにします。毎回毎回ありがとうございます。先輩は本当に頼りになります。わたし先輩のこと大好きです! それじゃまた」


「あ、……ああ。じゃまた。はあ……しかし、裏には裏がある。そんな気がしてならない。うん」

『いぎたない』

「まただね」


「本当だ」


「どうしてこうなっちゃうんだろうね」


「どうしてかな」


「悪い夢でも見てるのかな」


「悪い夢?」


「なんだか苦しそうじゃない」


「元々こんな顔じゃなかったかな。あんぱんをフライパンで叩いたような」


「ははっ、そうだね。あ、そうだ! ちょっと悪戯しちゃおうか」


「いいね、どうしちゃう?」


「このまま船に乗せて川に流しちゃおうか」


「それは最高だ。そのまま海の彼方までいっちゃうんじゃないの」


「でも、途中で起きた時の顔も見物だろうね」


「うんうん。それじゃ早速」


《ヨイショ!》


「――どう?」


「ぜんっぜん起きない」


「ふふっ、白河夜船ってこんな感じのことかな」


「ん? 何それ?」


「え、いや……あ、ひっくり返った」


「あ、本当だ」


「……浮いてこないね」


「こないね」


「悪夢だ」


「うん。悪夢だ」
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