十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "Jスケッチ" の記事

『邪険に妬む』

私の教え子であるJは、あまり良くないことで目立つ子だった。

クラスの中では真面目な方で、授業中に手を上げて積極的に発言するようなことはないのだが、成績も良好であり運動もそれなりに熟していた。それでも担任の私だけでなく、校長や教頭、学級主任の先生など一部の目には、Jが殻を被った鬼のように見えていただろう。

Jの家庭は母子家庭で、国からの援助などで生活している。いくらかの借金を抱えているらしく、母親は毎日スーパーで働き、少しずつ返済しながら、それでもJの給食費などはしっかりと払っていた。苦しい生活をしているのは、皺の寄ったワイシャツ着ているJを見ていれば容易に理解できた。

家庭が貧しいからといって、Jが虐めにあっている様子はなかった。Jの周りには友達もいたし、休み時間には教室で友人たちと会話をしている様子は何度も見たことがある。

ただ、噂は唐突に耳に入ってきた。Jの担任を務める数日前、校長室に呼び出された私は、その噂を聞かされたのだ。

Jの父親は、強盗犯だったというのだ。ただそれはあくまでも噂。校長先生たちがどこでその噂を嗅ぎつけたのかは教えてもらえなかったが、信憑性は高いらしい。親がそうであるから子もそうだというような邪な考えは避けたい。それに藪をつついて蛇を出してしまっては困る。だから母親に確認するのも躊躇われ、その噂は一部の教師たちだけの内証事となった。

噂というのは、知らないうちに小さな隙間から漏れだし、いつのまにか充満してしまうガスのようなもの。どこから漏れ出したのか分からないうちに火をつけ、爆発してしまうことだってある。私はそれを心配していた。
しかし、学校が始まり多くの時間が経っても、その噂が広まるようなことはなく、Jは他の生徒と何の変わりもなく過ごしていた。私自身も噂自体を忘れている日々もあった。

そして初めての三者面談の日がやってきた。

Jの進路について、JとJの母親と面談する。事前の調査でJは就職を希望していた。家庭のことも考えてのことなのだろう。しかし、現代で高校進学をしないのは惜しい。私はJの将来を考えて進学を勧めるための面談でもあった。

「Jの成績であれば、そこそこ良い高校を目指せると思うのですが?」

Jの母親は、Jが就職を考えていることは知らなかった様子。そしてJの気持ちを察して複雑な様子でもあった。するとJは、私の勧めを尻尾で撥ね除けるかのように言った。

「お金を、少しでも早く自分で手に入れたいんです。どんなことをしても手に入れます。……もう、他人を地べたから眺めているのはうんざりなんです」

鬼が出るか蛇が出るか。Jの視線は私を捉えてはなさなかった。

『驕りたかぶる』

私のクラスのJは、昼休みになると独り教室から出て行ってしまう。いつもどこに行っているのか気になりつつも、私は他の友人たちと遊んでいる。

私にとってJは中学に上がり初めて会話をした友人だった。その時の印象を一言で表すなら、陰鬱。背中に真っ黒な翼を生やしているといったような。翼と云っても、それで飛び立つというよりは、その翼で自らの身体を包み込んでしまうために生えているようなものだった。

ある日、私は午前中の授業中に体調を崩し、保健室で横になっていた。食欲もなかったので給食も食べず、昼休みになっても体調が回復しなかったので、保健の先生に言われ早退することになった。

友人に教室から鞄を持ってきてもらい帰宅する準備をしていると、保健室の窓からJの姿が横切るのが見えた。その時間は昼休み。窓の向こう側には、他の生徒が学校のグラウンドで遊んでいる姿も小人のように見えるが、それよりも少し大きくJの姿が見えた。

気になった私は、優れない体調を押してJの後をつけることにした。校舎を出てJの姿が消えた方向には駐輪場があるはず。

駐輪場には当然のごとく誰もいない。グランドから聞こえる生徒たちの声が、閑散とした駐輪場に虚しく響いている。

その一角にJはいた。Jは何をしているのだろうか。私の自転車もちょうどJの側にあったので、忍び足で近づくもの不自然である。気にしていないふりをしながら歩いて行くが、Jは全く私の存在に気づかない。

声をかけようか迷った。早く帰りたいという気持ちもあったが、Jが何をしているのかを知る方が、今の私にとっては優先順位が高かった。

背後からJの側に近寄る。するとさすがに私の存在に気づいたJは、何かを隠すようにして振り返り私を見た。その目は敵対する相手を見るかのように血走っていた。そしてJは言った。

「お前にはやらないから」

その言葉の意味を理解することができず、私は「なにを?」と問いかける。

「なにもかも」

私はJから何かを奪うつもりは毛頭ない。異様な殺気を放つJに対してこれ以上の問いかけは危険な香りがしたので、私は「なにもいらないよ」と素直に答えた。

するとJはほくそ笑み、再び私に背中を向けた。

その背中に生えていた翼は、両翼を多く広げて私との間に大きな壁を作った。ただよく見ると、少し震えていた。
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