十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "ミスリード" の記事

『うちの子に限って』

うちの子に限って。

うちの子に限って、誰かをあやめることなんてしない。

しかし、遊びから帰ってきたユミの口元や手足は真っ赤に染まっていた。

血だった。

「どうしたの……それ?」

私の問いに、ユミは不気味に微笑むだけで何も答えない。

ユミはまだ三歳だ。それに近くの公園で遊んでいただけのはず。一人で遊びに行かせた私が悪いのかもしれない。それでも、まさかうちの子が。

しかしもうどんなに嘆いても、責任を問われるのは親である私。後悔しても遅い。
ただ、未だに目の前に現実を受け入れられない。それだけ愛情を持って育ててきたのだ。

私はユミの口元や手足を拭いてあげた。拭いたぐらいで現実が消えて無くなるわけではないけれど、彼女をそのままにしておくわけにもいかない。そして尚且つ、あやめたものを確かめなければいけなかった。

現実逃避をすれば同罪。いやそれ以上の罪になるのだろうか。

私は玄関を開けて、外を見た。

そしてそこにあった血だらけになった肉塊を、私は新聞紙で包んだ。

『なりきりタイムズ』

今日は宗太とデートだ。

もう付き合ってずいぶん経つのに、未だにデートとなると胸がドキドキする。これは緊張のせいなのか、それとも興奮しているせいなのか。今の私にとっては、そんなことはどうでも良かった。ただ早く宗太が現れないかと心待ちにしていた。

すると、お店の入り口から見慣れた顔が見えた。

「いやあ、ごめん十和子。待った?」

「もう、10分も遅れてるわ。コーヒーは宗太の驕りだからね」

こんな会話幾度しただろうか。
宗太の遅刻癖は直らない。直そうとしたところで無理だと諦めがついたので、いつしか私もこう切り返すのが常套句となっていた。

「わかってるって。だからいつもこの店が待ち合わせ場所なんだろう」

私が宗太を待っていた場所は、近所の老舗の喫茶店。そこで本を眺めながらコーヒーを飲むのが好きだった。だけど、宗太を待ちながら飲むコーヒーはもっと好きだった。

「さて、これから私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

宗太が私の目の前に座るなり開口一番私は訊いた。

すると、宗太は用意していた台詞を言う。

「それは行ってのお楽しみ。さあお嬢さん、表に車を用意してございます。早速行きましょう」

元々私達は売れない俳優同士だった。そして、小さな劇団で出会い恋に落ちた。
ただ、今でも俳優の夢は捨ててはいない。だから日常であってもこうした演技を織り交ぜる。例え周りから冷たい視線を浴びたとしても、羞恥心や嫌悪感を抱いてはいけない。自分の殻を捨て役になりきる。それこそが夢への階段を駆けあげるためには必要なのだ。

宗太の運転する車に乗り走ること数時間。私達がやってきたのは小高い丘の上だった。

辺りには広大な自然が広がり、地球の息吹が私の髪を揺らす。眼下にはジオラマのようなビル群が連なり、まるで女神になった気分だった。

「いかがですか女神様。満足していただけましたでしょうか?」

さすが宗太。今の私の気分を読み取った台詞。そんなところがあるから彼を愛してしまうのだろう。

「とっても最高よ」

私の満足した笑みを見届けた後、宗太はおもむろに自分の背中から小さな花束を出してきた。

その花束、車を降りた時から気づいていた。しかし、それに気づいていないふりをする。そして宗太が私の前に出した時に、心から驚いた表情を見せる。
わかっていても知らないふり。それは基本。それが女優。

「どうかお受け取り下さい。ぼくが丹誠込めて作りました」

「まあなんと、あなたの手作りなのね」

淡い桃色の和紙に包まれ、根元には赤いリボン。その花は、私たちの思い出の花だった。

「ハルジオンね」

私の言葉に宗太は一言台詞を付け加えた。

「そうです。花言葉は追想の愛。別名、貧乏草。ぼくたちにぴったりかと」

“大きな夢を叶えるには時間がかかる。”宗太は昔、そう言っていた。

確かに時間はかかる。

だってもう、恋人同士になって50年も経つのだから。

『ネジがひとつ多いロボット』

ロボット開発を進める博士の元に、一番弟子のショーンが呼吸を乱しながらやってきた。

「博士! ついに完成しました!」

ショーンが完成したというのは、彼がここ数ヶ月一人で研究開発していた人型ロボットであった。

「そうか、ちょっと見せてみなさい」

そのロボットは一見他のものと変わりのない人型ロボットだったため、博士は首を傾げた。

「少し身体は小さいですが、中身は上出来です」

ロボットの頭をショーンが軽く触れると、ロボットが言葉を発しだした。

「コンニチハ、ハカセ。ボクノナマエハショーンデス」

ショーンがロボットに自分の名前をつけるのはいつに変わらず。

今更言葉を話す程度では博士は驚かない。

「こんにちは。ところで君にはどんな機能があるのかな?」

博士の問いに、今度はロボットが首を傾げる。

「ハカセ、オッシャッテイルイミガ、ワカリマセン」

「すみません、博士。こいつ、ちょっとアレなんです」

「なんだ、やっぱりまた欠陥か」

そう博士が肩を落としている中、ショーンはしめしめと微笑んでいる。

「それは誤解です、博士。欠陥とは完璧な状態から見て何かが足りないことを言います。ただまあ、確かに完璧とは言えないんですけどね」

「完璧ではないのか。それでよく完成したと意気込んでいたものだ」

「完成と完璧は違います。こいつはこれで完成なんです。その証拠をご覧に入れますよ」

するとロボットがその表情を変えずに言った。

「ハカセ、サイキン、フトリマシタネ。ゲンインハ、チョコレートノタベスギデスネ」

「な、なぜこいつが私の好物を知っている。もしや、ショーン、お前が教えたのか」

「いいえ、こいつには推理能力があるんです。ホームズみたいな」

「本当なのか。ん……いや、待て。そもそも最近はチョコレートではなくアンコを食べているのだが」

「あ、じゃその口元に付いてるのはアンコでしたか」

「嘘じゃ」

「え……あ、ああ」

「やはり、そうか。お前はこの数ヶ月、腹話術の特訓をしていたのか」

「ハハッ、ばれちゃいましたね。でも、どうです。今までのロボットよりも上出来じゃないですか?」

「まあ見方を変えればな、ロボットの中身が人間。しかし、余計なネジが一本多い。確かに完璧とは言えんな。それに、もはや人形と変わらない」

「あらら、これは手厳しい。そうですね、やっぱり人間もロボットも完璧を求めちゃいけないってことですかね」

『万愚節』

平日のお昼時。
近所のファミリーレストランにて。
私は一人、テーブルの上にパソコンを広げながら紅茶を嗜んでいた。

店内では早朝の家事を終えた奥様方の集会、老夫婦の談笑、浪人生の個室勉強会などが催されているが、私の触手に触れたのは、黒いスーツ姿の二人組。彼らはすでに一時間以上も密談を交わしていた。

ひとりはプロレスラーのような体格に頭は坊主で首元にはケロイドの痕。もうひとりは長髪にサングラスで先ほどからずっと貧乏揺すりをしていた。

どう見ても怪しい。

絶対にこれから犯罪か何かをやろうとしている。もしくは過去に手を染めたか。

そんな人物と同じ空間に居合わせてしまっただけでも、足が震えている私なのに、他のお客や店員は、全く動ぜずに平和な日常を過ごしている。

もしかしたら、私にしか彼らのことが見えていないのかとも思ったのだが、店員はなんの躊躇いもなく普通のお客として対応していた。

すると突然、奥様方の集会から叫び声が聞こえてきた。

「何よこれ! スープにゴキブリが入ってるじゃない!」

その声に店内の視線が集中しざわめき始めた。店長らしき人物が対応し頭を下げている。しかし奥様方の怒りは治まらない。

すると今度は老夫婦の席の方からお皿の割れる音がして視線を向けると、夫の方が胸の辺りを押さえ苦しそうに顔を歪めていた。

「どなたか救急車を!」

妻の方が叫んだ。慌てた様子で店員が老人に近寄る。他のお客達も老人を心配して近寄ろうとしていた時、今度はかすれた男のわめき声が聞こえた。

「お前らうるさい! 静かにしろ! これが見えないのか!」

その声に驚いて振り向くと、先ほどまで個室勉強会をしていた浪人生が、若い女性店員を捕まえてその首元にナイフを当てている。

次から次へと事が起こり店内はパニック状態に陥っていた。私は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。しかしこの状況下、堂々と店の出口付近に向かう勇気はない。

どうすれば良いか策を練っていた時、あの怪しい二人組が動いた。長髪の男がスーツの内ポケットに手を入れ、私の想像していた物を取り出し、それを天井に向かって撃った。

破裂音とともに女性の叫び声。

その瞬間、なぜか私は今が絶好のチャンスと捉えた。

パソコンを抱え退散の準備をしていた私は、二人組に視線が集まる中、逃げるようにして店の出口に向かった。

背後でドスの利いた声が聞こえた気がしたが、立ち止まってはいけないと思いそのまま店を脱出した。

そして何とか自宅まで逃げ延びた私は、早速パソコンを開いて先ほどの事件がニュースになっていないか、あるいはネットで騒ぎになっていないかと、とても気になり検索をした。

すると、ネットのトップニュースの見出しに『日本は戦争に突入した』とあった。


やられた。まんまと騙された。

いや、どこまでだ?

『なにもない嘘』

その喫茶店には、店員がいない。

来客を知らせるベルも雰囲気を醸し出すBGMもなければ、看板やメニューすらもない。

あるのは、ボタン一つで注がれるコーヒーメーカーとコーヒーカップのみ。

このお店を“店”として表現してもいいのか躊躇われるが、そのコーヒーメーカーの横に招き猫の形をした貯金箱が置かれており、その首から“お気持ちで”という札がぶら下がっているのだから、私はそこを喫茶店と認識している。

私以外にお客さんはほとんど来ない。住宅街にひっそりと佇む、まさに隠れ家的存在のお店。仲の良い友人に教えてもらわなければ一生気づくことはなかったであろう。

私は決まった時間に来店し、決まって同じ席に座る。ここでのひとときは、日々の忙しない喧噪を忘れさせてくれるほど、私にとっては大切な時間であり欠かせないものになっていた。

私は昔、うつ病に悩まされていた時期があった。仕事のストレスが原因だった。そんな時、友人にこのお店に誘われ来店したのがきっかけ。それ以来うつ病も治り、今では心洗われる日々を過ごしている。

店員がいないと何かと不便であると思われるが、そんなことはない。全てが自由であるが故に、他人に対して変な気をつかう必要もないし、それになにより人の目を嫌う自分には丁度良かった。


ただひとつ残念な点があった。


「しかしまあ、なんといっても自分はコーヒーが飲めないのがもったいない。蜘蛛じゃないけどね、飲んだら酔っ払っちゃうんだよなあ」

すると、友人の潤が眉を顰めながら口を挟んできた。

「お前さ。人の家に勝手に上がり込んで来るのはいいけどさ、少しは敬嘆しろよ」

「なんだよ潤。いつも感謝してるじゃないか。その証拠に、飲んでもいないにも関わらず、ちゃんと招き猫に気持ちをいれてるじゃないか」

「嘘をつくな。お前の気持ちは虚けじゃないか」