十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "オネスト" の記事

『塔とアルカナ』

おばあちゃんに頼まれた買い物をした帰り、アルカナはとても気になるものを見つけて足を止めた。

前に瞑想中に見た手品師の家。外観は他の民家と変わらない。看板も何もないので、そこが手品師の家と知らなければ、誰も足を踏み入れる事はないだろう。

アルカナは吸い寄せられるかのように、家の中に入った。

「ああ、いらっしゃいませ」

声をかけてきたのは、正面のカウンターテーブルの向こう側に立っていた魔術師だった。
しかし、その手前には二人の少年が椅子に座っていた。その少年たちもアルカナの存在に気づいて振り返る。その少年たちは、以前空き地で喧嘩をしていたトサとヨンだった。

「なんだお前、ここは俺たちの秘密基地だぞ。お前が来るところじゃない」とトサ。

「そうそう。どうやってこの場所を見つけたか知らないが、お前みたいな気持ち悪いやつは来ちゃだめだ」とヨン。

汚い言葉を吐く二人に対して、アルカナも言葉を返す。

「あら、あなたたちいつの間に仲良くなったの。以前は王様になりたいとかで争っていたのに」

「うるさい、それは前のことだ。そんなことより、なんでここに来た?」

「その手品師さんに用があったの」

二人が振り返り、魔術師を見る。すると、魔術師は頭を下げた。

「すみませんお二人とも、本日のショーはこれまでということで。彼女と約束をしていたことをすっかり忘れていました」

「ちぇ」とわかりやすく機嫌を悪くした二人は、しぶしぶ家を後にした。

それを見送ったアルカナは、トサが座っていた椅子に腰を下ろし、ヨンが座っていた椅子に買い物かごを置いた。それからため息を吐くかのように言う。

「まだ、こんなことやっていらしたのね」

「ええ、まあ。それにしてもあのお二人はお知り合いで?」

「うん、同級生よ」

「なんと、同級生でしたか。やはり女性の方が賢く生きているというのは、確かなようですな」

「それは、あたしに対する皮肉かしら。それとも自分への戒め?」

ハハハッとわざとらしく笑って見せた魔術師は、なぜか身につけていた帽子と上着を脱いだ。それから手袋や蝶ネクタイまで外し、パチンと指を鳴らして薄暗かった部屋の照明を明るく点した。

その瞬間、目の間にいたはずの魔術師の姿が一転、いつか見た痩せたサンタクロースのように変わった。

「アルカナ様が、わざわざ足を運んでいただいたのですから、もう取り繕うのは止めましょう。なあに、この老いぼれにも、まだ神の思し召しに従う機会を得たということだろう」

「聞かせてくれるのかしら。あなたが塔のてっぺんから落ちてしまった理由を」

「ええ、そのつもりです」

それから魔術師は、自らが王であった時代に何が起き、その時自分が犯した過ちを淡々と話して聞かせた。その間、アルカナは相づちを打つ素振りもせず、ただじっと話す相手の目を見つめていた。

そして話の最後に言った。

「塔の頂上にあったものは、富や名誉ではない。私が欲望のままに欲していたものはなかったのです。今の女王陛下は、それを知っている。だからこそ、ああして立派になられているのです。彼女にふさわしい。私にできるのは、未来の宝を豊かにすることだけです」

それから魔術師は、一呼吸置いてから言った。

「アルカナ様なら、見ることもできるのではないですか? 塔の頂上にあるものを」

「いいえ、あたしに見えるのは実体のあるものだけ。塔のてっぺんには、秀美な女王様しか見えません」

「……それなら、よかったです」

『悪魔とアルカナ』

アルカナは一人で協会に来ていた。

今日はミサの日ではない。教会に訪れた理由は、とある人物に呼び出されたからだった。
呼び出したのは女祭司ではない。いつの日か浜辺に指輪をなくした男だった。

「今日は何の用かしら」

アルカナは、一人聖母マリアに祈りを捧げる男に対して言った。

「実はちょっと相談したいことがありまして」

「相談? あたしはお悩み相談は受け付けてないわよ」

「そんな冷たいこと言わないでください。あなたには一度救われているのです」

救ったと言っても、指輪は海の底に沈み、戻ってきてはいなかったはず。

「実はこの間、彼女が体調を崩して倒れまして。何でも、遠く離れた母親の住む家でないと治らないっていうのです。それからもうずいぶんと時が経ちます。彼女とは全く連絡がつかなくて。彼女の母親の家もどこにあるかわからないし、もうどうしたら良いのか」

聞くとも言ってないのに、口から溢れ出すかのようにしゃべり出す男を、アルカナは呆れたように見つめていた。

「恋人の所在がはっきりしているなら、あたしが捜し出すまでもないわ。あなたはもっと恋人を信じてあげるべきよ。それに恋人の実家なら他の方法を使って調べることもできるでしょう」

何も言い返せない男は、下唇を噛みうつむいた。するとそこに、様子を見に来た女祭司が姿を現した。

「こんにちはアルカナちゃん」

「お邪魔してます祭司様」

「いいえ。あら、こちらのお方は?」

アルカナが事情を説明すると、女祭司はうんうんと頷きながら言った。

「そうね。確かに今回の件は、アルカナちゃんに頼らずとも解決できそうね。あなたの気持ちが強いのであれば、もう少し努力してみても良いのかもしれません。すぐに誰かの手を借りようというのもよくありませんし」

「ただ」と女祭司は、アルカナに向き直って続けた。

「アルカナちゃんには、この方の恋人が今どこにいらっしゃるのかを、捜してもらえないかしら?」

「え、どうしてですか?」

急なふりに思わず身を乗り出すアルカナに対して、女祭司はアルカナの耳元で囁いた。

「たとえ相手がどんな悪魔であっても、救いを求める者に救いの手を差し出さないわけにはいかないのですよ。ここではね」

ここはこの町唯一の教会。多くの人々が祈りを捧げに訪れる。その中には教会に救いを求めて訪れる者もいる。女祭司は、そのすべての人に対して救いの手を差し出してきた。
アルカナが今いる場所は教会。その教えに背くわけにもいかなかった。

「わかったわ」

そう言ってアルカナは瞑想する。その姿を見てなぜか男はアルカナに向かって祈りを捧げた。

瞑想の中、アルカナは確かに男の恋人を捜し出した。しかし、それがあまりにも意外な場所だったため、見つけたもののしばらく瞑想を続けた。
思っていたよりも長い瞑想に、側にいた男も不安げな表情でアルカナを見つめる。そして、アルカナはお決まりの「あったよ」という言葉を発せずに目を開けた。

「どうでした?」

女祭司の言葉に、アルカナは目線を合わせて強く頷いた。そして今度は男に向き直り、言葉を慎重に選ぶかのように言った。

「あなたの恋人は、とても苦しんでいるようね。でも、心配はないわ。母親の元で安静にしてるからね。ただ、もうしばらくは帰らないと思うわ」

「そうですか。でも、なぜ私ではいけないのでしょうか」

すると今度は女祭司が男に懇々と諭す。

「自分の胸に、手を当ててごらんなさい。私が思うに、あなたの恋人が体調を崩した原因は、あなたにあると思うよ」

「私に、ですか」

勘の鈍い男に対して、アルカナが少し強い口調で言った。

「無くした指輪を必死に捜していた時のあなたと、今のあなたはまるで違うわ。久しぶりに会ったとき、別人かとも思ったぐらいよ」

それから女祭司と男が向き合って話をした後、男は肩を落として教会を後にした。

用の済んだアルカナも家に帰ろうとすると、女祭司の隣に先ほどまでいなかった修道着を着た女性が、教会の入り口に一人立っているのが見えた。
見覚えのある顔だった。その女性が深々とお辞儀をしていたのを見て、アルカナは思わず手を振って答えた。

『節制とアルカナ』

ある日、アルカナは家で留守番をしていた。そんな時、玄関の扉をたたく音がして開けてみると、見覚えのある顔が立っていた。

「こんばんは、アルカナ様」

アルカナのことを“様”をつけて呼ぶ人はほとんどいない。彼はいつの日か子ども攫ったという疑惑を持たれた魔術師だ。

「何の御用かしら?」

すると魔術師は不気味に微笑む。

「御用というよりかは、少し私の手品を観てもらいたいのですが」

「構わないけど、あたしでいいのかしら?」

「ええ、むしろアルカナ様に観てもらいたいのです」

そう言うと、魔術師は上着のポケットから三枚のコインを取り出した。

「この三枚のコイン。今からこれを消してしまいます。アルカナ様にはそれがどこにいったのかを答えてもらいたいのです」

その言葉にアルカナは頷くわけでもなく、ただじっと魔術師の手元から視線を外さないようにしていた。

すると魔術師は三枚のコインを一度右手の拳の中に隠し、それを今度は左の掌にゆっくりと注ぐように移す。その刹那、空気を裂くような手の動きを見せ、気づいた時には両手の掌の上から三枚のコインが消えて無くなっていた。

「いかがですか」

得意げな表情で両手を広げてみせる魔術師に対して、アルカナは小さく溜め息を履いてから言った。

「そうね、答えるのもなんだか納得いかないところもあるけれど――右足の靴の中、首筋の襟元、そしてベルトの裏側ね」

「お見事です」

魔術師は指摘された場所から、三枚のコインをそれぞれ取り出してみせる。お互いの間に澱んだ空気が流れる。

先に口を開いたのはアルカナだった。

「……お見事ね。それは心からの言葉かしら」

「ええ、もちろん。全てのコインの在処を当てられるのは、アルカナ様の他にはいらっしゃいません」

「でも、あたしが当てたコインは初めから隠されていたものよ。あなたが最初に見せたコインは本当に消えてしまっているもの。捜しても見つけられないわ」

「それも含めての言葉です。アルカナ様のお力を少し試してみたかったもので」

「試す?」

「ええ、アルカナ様は恐らくそのお力はもう無意識に使ってらっしゃるのではないかと。先程のように瞑想することなく」

その言葉に、アルカナは大きく表情を変えることなく、ため息を吐くように言った。

「そうね。13を迎えた頃から瞑想するのは一種のパフォーマンスになっていたかもしれない。でもそれは、手品師の『種も仕掛けもございません』という常套句のようなものと一緒で、やったほうが格好がつくのよ。それがあたしの名前の由来でもあるから」

すると魔術師は頭に被っていたシルクハットを取り、自らの胸に当てそのまま頭を下げた。

「申し訳ございません。そのようなことをおっしゃっていただくためにお伺いしたわけではないのです。本当はお礼を申し上げたくて」

「お礼というのは、もしかして以前にあなたのお孫さんを捜した件かしら?」

「あ……はい、そうです。やはりお気づきでしたか」

「ええ、あなたとは初めてお目にかかった時から気になっていたので」

「まさに脱帽です。アルカナ様、あなたは本当に13歳なのですか」

その言葉に、アルカナはにっこりと微笑んで答えた。

「あなたこそ、80を越えた老人には見えませんよ。まして元王様になんて見えっこないわ」

『死神とアルカナ』

これは夢のお話。

死神はアルカナに言った「私にそっくりだ」と。

それを受け、アルカナは首を傾げる。

「どこが似ているというのかしら?」

「私はもうすぐ死ぬ人間のもとに現れ、生から死への導きをしている。つまり皆私を必要としているのだよ。人は生きていれば必ず死が訪れる。その際に私がいなければ、この世を彷徨うことになるからね」

するとアルカナはかぶりを振った。

「あたしはあなたほどではないわ。あたしのことを疎ましく思う者も必ずいるはずよ」

「それは私も同じさ。死神に会いたいと思っている人間なんているわけがないだろ。私の存在は疎ましいものでもある」

「それならもっと違うわ。あたしに会いたいと思う人は少なからず存在する。あなたと違ってね。それにあたしが捜し物を捜すのは、人に頼まれてからよ。でも、あなたはあなたの意思で捜しているじゃない。そこが大きな違いだわ」

アルカナの言葉に、死神も少し言葉を詰まらせる。しかし、負けじと口を開く。

「私にもね、人に頼まれることもあるのさ。死にたいと。そんな時は喜んでその人のもとへ向かう」

苦し紛れの言葉にも聞こえたが、嘘ではない。確かに、時に人は自ら死を求める。

「ところで死神さん。あなたがあたしのところに来たってことは、あたしはもうすぐ死ぬのかしら?」

すると今度は死神がかぶりを振る。

「いいや、君に会いに来たのは、ひとつ忠告しておきたいことがあってね」

「忠告?」

「そう、もうすぐ君にある悪い知らせがやってくる。そんな時、君はその不思議な力を使うことになるだろう。でも、そこで間違ってはいけない。君は死んだ人間を捜すことはできないが、死のうとしている人間は捜すことができるってことを」

「それはあたしに誰かを救えってことなのかしら」

「その質問に答えることはできない。生かすことが救いなのか。殺すことが救いなのか。私は後者を選ぶが、君はどうかな?」

「そう、ならやっぱり……」と小さく呟いた後、死神にアルカナは言った。

「あたしにそっくりね」

『吊るし人とアルカナ』

アルカナの住む町に、とある青年がいつしか姿を現すようになった。その青年はいつも町のゴミ拾いをしていた。ゴミを持ち帰ったり誰かに頼まれたりしているわけでもなく、自ら進んで行っていた。

しかしその青年の容姿は、きれい好きとはほど遠い、まさにみすぼらしい格好。髪はボサボサに伸び、上着は所々破れ、ズボンには穴、靴は左右で違うものを履き、全体的に煤で汚れていた。

悲しいことに、彼そのものがゴミだと投げ捨てる住人もいた。

その不思議な青年に近づこうとする者はほとんどいなかったのだが、ある時アルカナのほうから青年に近づいていった。

「ねえ、あなた。あなたはこの町に住んでいるの?」

すると青年は悲しい顔をしてかぶりを振った。

「いええ、違いますよ」

「それじゃ、どこに住んでいるの?」

「僕には家が無いんです」

「なら、捜してあげるわ」

唐突に瞑想を始めたアルカナに対して、とても困惑した表情になった青年は言った。

「そんな、僕にはアルカナさんに何かお礼できるものなんて無いのですよ。アルカナさんのお力は素晴らしいものと聞いております。こんな僕のためにお力を使われるのはやめてください」

青年の言葉がまったく耳に届いていない様子のアルカナは「あったよ」と言い、それから続けた。

「あなたのお家まで案内してあげるわ」

そう言うと、アルカナは青年の手を引いて歩き出した。

「本当にやめてください。アルカナさんまで僕みたいに冷たい目で見られてしまいます。それに、僕は家を無くしたわけじゃなくて、元々無かったのですから、捜しても見つかるはずがありませんって」

その言葉には何も応えず、アルカナは淡々と歩を進める。そして、しばらく歩き続け二人がたどり着いた先はお城のある門扉の前だった。

「あなたの家はここでしょ。王子様」

すると、先程まで背筋を曲げ腰を低くしていた青年が、服についた煤を払い髪を整え始めた。

「はあ、バレてしまってはしようがない。君は初めからわかっていたのかい?」

「ええ、お城に呼ばれた際、写真でお顔を拝見していましたもの。それに今回は女王様のお依頼ですので」

「やっぱりそうか。僕はどこに行こうとも、君と女王様がいる限り、常に足を吊されているようだな」

少しばかり青年を気の毒に感じたアルカナはひとつ質問をした。

「どうしてあなたは町に出てゴミ拾いをしてたの?」

すると青年は胸を張って言った。

「ゴミは元々誰かのものであり、持ち主のいなくなったものがゴミとなる。ゴミが溢れれば人々は困る。ゴミを拾うことで町を、ゴミ自体を救うことに繋がる。ゴミがゴミでなくなるってこと。一国の王子として当然のことさ」

「それじゃ、その格好は? 変装するにしたって、もっと他の変装があったんじゃないのかしら?」

「これは僕自身がゴミになりたかったんだ。ゴミの気持ちが知りたいっていうことに加えて、ゴミになることで自由を手に入れられる」

青年はそのゴミのような服や靴を脱ぎ始めた。

「でも、本当はそんな僕みたいなゴミでも、拾ってくれる人がいるのか確かめたかったんだ」

そして青年は去り際に言った。

「ありがとう。君にも後でお礼をするからね」