十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "オマージュ" の記事

『灰かぶり雛』

今回は『灰かぶり姫』ではなく、『灰かぶり雛』です。


10年ぶりに実家にある自分の部屋の押し入れを開けた。

小学生の頃に使っていた勉強道具や遊具などが乱雑に仕舞われていた。

その中から掌サイズの人形を見つけた。

ホコリのかぶった人形は、どこか寂しげに見える。しかし私はその人形に憶えがなかった。

押し入れにある他の物に関しては、僅かながらにも記憶が残っているのに。

両親に聞いてみても知らないの一点張り。少し不気味に感じた私は、その人形をすぐに捨てることにした。

記憶に無かった物は、無かったことにしてしまえば。


それからさらに3年後。実家を引き払うことになり、再び押し入れを開けた時、記憶の無い人形がそこにいた。

しかしこのホコリのかぶった人形は20年前の物とは違う。一緒であれば記憶に残っているはず。

人形が勝手に動くようなことはありえない。万が一動いたとしても、自ら灰を被るだろうか。

今度はすぐには捨てずに、その人形にこびりついたホコリを拭いてあげることにした。

しかし拭いても拭いても、そのホコリは取れなかった。

すると、魂が乗り移ったのか、その人形が唐突に言葉を発した。

“ワタシハモウ、シンデルノ”

「え」

“ホントウニシンダラ、ヒトノキオクカラモ、イナクナルノ”

『華取物語』

今回は『竹取物語』ではなく、『華取物語』です。


昔々、とある将軍家の嫡男、十兵衛のところに見合い話がやってきた。

しかしそのお見合い相手は一人ではなく二人。

ひとりの女の名は胡蝶蘭。彼女は京都出身の役所の娘であり、肌が白くつぶらな瞳を持っている。

もうひとりの女の名は月下香。彼女は下町の商人の娘であり、肌が白く小柄な体つきであった。

花の名を授かった二人の女は、顔は違えどとても美人であった。

欲深い十兵衛は、その二人の美女に一目で惚れてしまい、どちらを選ぶのかに迷った。両手に華ともいかぬ御時世において、どちらかと夫婦にならざるを得ない状況に、十兵衛は幸か不幸かひとつの妙案を思いついた。

「お主たち。オイラと夫婦となった暁には、いったいどんなことをしてくれる。それにて判断しようぞ」

二人は各々考え込んだあと、胡蝶蘭が先に口を開いた。

「私は、毎日殿方様のお傍におり身の回りのお世話を致します。また私の家系は多くの子を産みます。実際に私めも五人兄妹でございます。多くの子を産めば、優秀な殿方様の血を受け継いだ子が、広く世に出て活躍致すことでしょう」

「なるほど、どれは期待が膨らむな」

すると今度は月下香が口を開く。

「実は私、子を産めぬ身体でございます」

「それはなんと」

「しかしながら、十兵衛殿。私は多くの殿方と顔馴染みでございます。いいえ、更に申し上げますと私の言うことは何でも聞いてくれる、そのような殿方が全国に多くおるのです」

「それはいったいどういうことなのだ?」

「要するに、私のちょっとした口添えで、全国の名だたる将軍様や大名などを自由に動かせるのですよ」

「いやはや、それは何とも素晴らしいことだが、それほどの力にはどうしてもきな臭い節がある。オイラにそれを信じさせる確固たる証拠がなければ、お主を迎入れるわけにはいかぬよのう」

「それでしたら十兵衛殿――」と月下香は言い、自らが身に纏っていた着物を脱ぎ始めた。

「お主、なにを?」

すると、十兵衛の眼下に広がった光景は、一糸まとわぬ複数の乙女たちが突如現れ、可憐に踊り出したのだ。

しかし実際には、月下香が着物をはだけさせただけで、それ以外のことは何も起きていない。
十兵衛は幻覚を見ていた。

「あなた、いったい殿方様になにをしたの?」

横で見ていた胡蝶蘭が月下香に問うと、不気味に笑いながら答えた。

「なに、私の力を証明したまでですよ。これでもう十兵衛殿はあなたのものですよ。胡蝶蘭さん」

そう言葉残して月下香はその場から立ち去った。どうしたらよいものか、胡蝶蘭が戸惑っていると、幻覚を見ている十兵衛がおかしなことを言った。

「ここは花畑か。良き匂いがする。蝶よ花よと育てよう。さすれば多くの秀才な子が産まれる。祝おうぞ胡蝶蘭」

『青かげ』

今回は、ペロー童話『青ひげ』ではなく、『青かげ』です。



その日は、一日中泣いていた。

傘を差していても、全く意味がないほど。

あの人は、私の前から突然いなくなった。

蒸発したのなら、いつか水滴となって再び私の前に現れてくれはしないだろうか。

そんな雲を掴むような想いは届きはしない。

現実は残酷にも目の前を通り過ぎていく。

あの人の映ったかげをいつまでも追い続けることに、何の意味もないことはわかっている。それでも追いかけ続けてしまうのは、私のせいではない。悪いのはかげが消えてくれないからだ。

あの人はいなくなったのに、そのかげは今でもずっと私の視界に時折現れる。

そのかげがはっきりと見えるのが、泣いている日。

空模様と相俟って青く見えるそのかげは、何も語らず、ただ私のことをそっと見守るような態度でいる。

相手はかげだから、突き飛ばすことも振り払うこともできない。瞼を閉じても開けばそこにいる。

どうすればいいのか。悩む私に機転の利く友人がこう助言してくれた。

「ふつう、かげって光を当てるとより濃くなるけど、あんたの場合はむしろより強い光を当てた方が良いかもね」

強い光と言えば太陽だろうか。

「太陽ねえ。単純だけど、それでも上に目を向けただけでも進歩かな」

その友人は答えを教えてくれはしなかった。だけど、かげを畏れ迹を悪んでばかりもいられないのかもしれない。

『眠れぬ仮の美女』

お久しぶりです。今回は『眠れる森の美女』ではなく、『眠れぬ仮の美女』です。


深夜十二時を過ぎた。

眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。

喉が渇きを覚え重い身体を起こして台所に向かった。そしてコップに注いだ水道水を飲んでいると、玄関の方から物音がした。

帰宅時の記憶が瞹眛だった。閉め忘れたかもしれない。夢現でも誰かが部屋の中に入ってきたような気配を感じた。

なぜか息を潜め、その気配の正体を探ろうとした。壁沿いに手を伸ばし、灯りのスイッチを押す。一瞬目を眩ますほどの光に包まれた部屋には、どこにも何者かの存在はなかった。眩さとともにきえてしまったのだろうか。

気のせい。今まではそんな便利な言葉で片付けてきたが、いつまでも手をこまねいていても仕方がない。

携帯電話の電源を入れ、恐る恐る確認してみた。映し出された画面には、同じ番号の着信履歴が無数に残っていた。消してもすぐに溢れる番号を見るのが恐ろしく、しばらくの間電源を消していたのだが、あの存在を目の前から消すには、携帯電話が必要だった。

すると薄暗くなっていた画面が光り出し、そこには脳に入れ墨のように刻まれた十一桁の数字が表示された。

ボタンを押し、携帯電話の受話器に向かって言った。

「もう、これ以上つきまとわないで」

相手からの返答は無い。ただ、耳元では心音とともに何かの荒い息づかいが聞こえていた。

「やめてって言ってるでしょっ!」

今度は叫び声にも似た激しい口調で言ったのだが、相変わらず反応はない。これもまた、同じことの繰り返しだった。

煙みたいな存在の相手に、嘘偽りもなく自分をさらけ出す日が来るとは、ゆめゆめ思いもしなかった。

一度唾を飲み込み、大きく深呼吸をしてから受話器に向かって叫んだ。

「いい加減、俺の前から消えろって言ってんだろがぁ!」

『帰るの負う様』

今回は『蛙の王様』ではなく、『帰るの負う様』です。


仕事終わりに酒を飲む。それが社会人のルールだ。

いや違う。
IT企業という光沢のある薄い膜のような会社に付着する私は、その膜の中で気持ちよさそうに包まれている上司に肩を抱かれ、ネオンサインに彩られた夜道を歩きながら屈託していた。
仕事の疲れがお酒によって癒やされるのは、一部の酒乱たちのくだらない言い種である。むしろ年を重ねた老いぼれこそ、まっすぐ家に帰り睡眠を取った方が疲れは取れるはずだろう。

堰板を外したように日頃の鬱憤を聞かされる。避けては通れない道だと諦めている人もいるが、私は違う。ネオンサインを抜けた先には静寂に包まれた帰り道が存在する。そこに向かって歩みを止めるつもりはなかった。

当然、帰れたとしても、それ相応のリスクは伴う。信頼は薄れ、人間関係には飽和しきったシャボン玉のようになる。割れてしまえば仕事も続けられなくなるだろう。

ただリスクを恐れていては帰ることはできない。

まず、絡まる上司の腕から逃れ一歩下がる。そして一言「帰ります」というのだ。

相手は一瞬ふいを突かれた様子になる。そこから「いやいや」と、もう一度腕を絡めてこようとした瞬間に頭を下げるのだ。たとえ掴まれたとしても、先手を打っておけば容易に振り解くことはできよう。
但し、ここで注意しなければいけないのが、一瞬たりとも躊躇してはいけないということ。その躊躇いが、大きな隙を生み、帰ることができなくなってしまうのだ。

頭を下げた状態のまま歩き出す。上司の声に応えてはいけない。人混みを分け入るように歩いて行き、喧噪を抜ければ成功だ。


この日も私は成功した。これでこの会社ともおさらばだ。私は職場を変えるごとに、このリスクと戦ってきた。だから今までに何度も割れたシャボン玉を見てきた。

ゴム製の風船とは違い、シャボン玉は割れた後、跡形も消えてなくなってくれるから好きだった。
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