十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『なりきりタイムズ』

今日は宗太とデートだ。

もう付き合ってずいぶん経つのに、未だにデートとなると胸がドキドキする。これは緊張のせいなのか、それとも興奮しているせいなのか。今の私にとっては、そんなことはどうでも良かった。ただ早く宗太が現れないかと心待ちにしていた。

すると、お店の入り口から見慣れた顔が見えた。

「いやあ、ごめん十和子。待った?」

「もう、10分も遅れてるわ。コーヒーは宗太の驕りだからね」

こんな会話幾度しただろうか。
宗太の遅刻癖は直らない。直そうとしたところで無理だと諦めがついたので、いつしか私もこう切り返すのが常套句となっていた。

「わかってるって。だからいつもこの店が待ち合わせ場所なんだろう」

私が宗太を待っていた場所は、近所の老舗の喫茶店。そこで本を眺めながらコーヒーを飲むのが好きだった。だけど、宗太を待ちながら飲むコーヒーはもっと好きだった。

「さて、これから私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

宗太が私の目の前に座るなり開口一番私は訊いた。

すると、宗太は用意していた台詞を言う。

「それは行ってのお楽しみ。さあお嬢さん、表に車を用意してございます。早速行きましょう」

元々私達は売れない俳優同士だった。そして、小さな劇団で出会い恋に落ちた。
ただ、今でも俳優の夢は捨ててはいない。だから日常であってもこうした演技を織り交ぜる。例え周りから冷たい視線を浴びたとしても、羞恥心や嫌悪感を抱いてはいけない。自分の殻を捨て役になりきる。それこそが夢への階段を駆けあげるためには必要なのだ。

宗太の運転する車に乗り走ること数時間。私達がやってきたのは小高い丘の上だった。

辺りには広大な自然が広がり、地球の息吹が私の髪を揺らす。眼下にはジオラマのようなビル群が連なり、まるで女神になった気分だった。

「いかがですか女神様。満足していただけましたでしょうか?」

さすが宗太。今の私の気分を読み取った台詞。そんなところがあるから彼を愛してしまうのだろう。

「とっても最高よ」

私の満足した笑みを見届けた後、宗太はおもむろに自分の背中から小さな花束を出してきた。

その花束、車を降りた時から気づいていた。しかし、それに気づいていないふりをする。そして宗太が私の前に出した時に、心から驚いた表情を見せる。
わかっていても知らないふり。それは基本。それが女優。

「どうかお受け取り下さい。ぼくが丹誠込めて作りました」

「まあなんと、あなたの手作りなのね」

淡い桃色の和紙に包まれ、根元には赤いリボン。その花は、私たちの思い出の花だった。

「ハルジオンね」

私の言葉に宗太は一言台詞を付け加えた。

「そうです。花言葉は追想の愛。別名、貧乏草。ぼくたちにぴったりかと」

“大きな夢を叶えるには時間がかかる。”宗太は昔、そう言っていた。

確かに時間はかかる。

だってもう、恋人同士になって50年も経つのだから。
スポンサーサイト