十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『運命の輪とアルカナ』

「エンゲージリングって知ってる?」

夕食の後。ソファーの上でくつろいでいると、おばあちゃんがふいにそう聞いてきたので、アルカナは一瞬の間を置いてから答える。

「知ってるわよ。この前、浜辺で捜したこともあったわ」

「そうだったわね。でも、その発祥はわかるかな?」

アルカナは少し考えてから首を横に振った。

「諸説あるのだけれど、おばあちゃんが知っているのは古代ローマの話」

おばあちゃん曰く、古代ローマ時代は婚約の際、男性が女性に指輪を贈ることが習慣となっていたらしい。そこで重要なのが、指輪の交換ではなく、あくまでも男性から女性に対して贈るという習慣だ。

「アルカナがもし、指輪を貰ったとしたら、その指輪はどこにはめる?」

「もちろん、左手の薬指よ」

そう答えると、おばあちゃんの顔つきが少し曇った。

左手薬指に指輪をはめる習慣は、その古代ローマ時代にも存在した。しかし、その時代では、男性が女性を支配するという一種の主従関係が婚約には含まれていた。
心臓に直接繋がっている血管が左手薬指にあると信じられていた時代、そこに指輪をはめるということは、服従する、させるといった意味合いの行為とされていたのだという。

「悲しいことに、その時代は男性社会。女性に男性と同等な立場で暮らす権利はなかったのよ」

「だけどね」とおばあちゃんは、自らの老いた左手を見つめながら言った。

「指輪に鍵をつけて渡していたという説もあるのよ。鍵というのはもちろん家の、言い方を変えれば男性が大切にしているものを守る鍵、とも言えるわね」

その鍵を女性に贈る。ということは、つまり相手を心の底から信頼していることに繋がる。おばあちゃんが伝えたいことは、そこにあった。

「この指輪はね、おじいちゃんから託されたの。だからもし、私に何かあったらこの指輪はあなたが持っていてね。……アルカナ」

その意味深な言葉に、違和感を覚えないほうが不思議だ。しかし、それを追及する勇気はない。

アルカナはおばあちゃんの左手を包み込むように握り、言葉をかけた。

「わかったわ。大丈夫、心配しないで。あたしがこの指輪を無くすなんて有り得ないわ。だって、そういう運命でしょ」
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