十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『隠者とアルカナ』

粉雪が舞う音が聞こえてくるほど静かな夜。アルカナの元に、痩せたサンタクロースのような老人が現れた。

その老人の依頼内容は、亡くなった母親を捜して欲しいというものだった。

亡くなった者を捜すことはできない。それはアルカナ自身が自らの親で実践していたのではっきりしていた。

この老人のような依頼をしてくる依頼人はこれまでにもいた。いくら金銭や物資を報酬として用意されても、できないものはできないと断ってきた。

しかし老人はこう続けた。

「確かにワシの母は亡くなっておる。しかし、ワシは納得していないのですよ。……まあ聞いてくださいな。
母はまだワシが若い頃、山を挟んだ隣町へと出稼ぎに行ったんじゃ。ただ、その帰りにな、行方不明になってしまったんじゃ。当時、山では土砂崩れがあっての、それに巻き込まれたのだと多くの人は言うんじゃ。だから私も現場を隈無く捜索したのじゃが、母の亡骸は皆目見つからないまま。
世間ではもう、死亡したことになってはおるが、ワシは母が土砂崩れに巻き込まれずに生き延びたのだと今でも思っておる。いつかワシの元に帰ってきてくれることを信じて待っておるのじゃ。
そうしていつしか時が経ち、生きていれば母は100歳を迎える。記憶を失いどこかの町で幸せに暮らしているのではないかと、心密かに願っているのだよ。
……ああ、すまんのう。話が長くなってしまった」

アルカナが人を捜す際に、まず必要なこととしてその人の顔を知らなければならない。当たり前のようではあるがそれは重要なことで、この老人が提示した母親の写真は数十年も前のもの。まだ20代後半の細身の女性。この女性の数十年後を想像して捜し出すには、さすがに無理がある。

しかし老人の信念は揺るぎないものがあった。

もう長いこと母親の帰りを待ち、まだ生きていることを信じた。ただ人生の時間は有限である。おそらく老人は己の有限である時間が差し迫っていることを悟り、それがが老人の決断を促したに違いない。100歳という節目というのは後付けなのだろう。老人の瞳には、白黒はっきりさせたいのだという気持ちが滲んでいた。

アルカナは瞑想する。

「……あるかな」

そして“あったよ”という常套句を発しないままアルカナは瞳を開いた。

「ごめんなさい。やっぱり見つからないわ。おそらくはもう……」

その言葉に老人は、大きくため息を吐いて腰を床に下ろした。そして言った。

「おお、そうか。ありがとうアルカナちゃん。このお礼はいつか必ずする。だけどその前にここで少し休ませはてくれないか。少し長旅をしてきたものでな」

老人は背中を壁に寄せ、その大きく真っ黒な瞳を、寝ている赤ん坊に毛布を掛けるかのように瞼を閉じて覆った。


後日、アルカナの元に大きな白い布袋が届いた。中には無数の金貨と一通の手紙。

《このお金はワシの全財産だ。これで母とワシの分の墓を建てて欲しい。残った金はすべて差し上げる》

差出人の名前はなかったが、アルカナは山の麓に建ててあったあの老人の墓に、その金貨を全て埋めた。

もちろんそれは、アルカナとおばあちゃんしか知らない。
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