十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『紅差指の糸』

幼い頃、友達と遊んだ帰りにわたしは迷子になったことがある。

陽も暮れ、辺りは街灯も少なく真っ暗闇になっていた。

恐怖と不安が入り乱れ、足が動かなくなっていると、ふと鼓膜を直接振るわせてくるような声が聞こえてきた。

「迷子かな?」

冷たい男の人の声だった。聞き覚えの無い。

恐怖が更に増し、その場で目をつむり耳を塞いだが、声はまた鼓膜を振るわせた。

「こっちにおいで」

知らない人にはついて行ってはいけないと、母親からも十分に躾けられていたので、わたしはその声の誘いには乗らなかった。

「こっちにおいで」

その声は一定の間隔で聞こえてくる。

しばらくすると、わたしは左手に違和感を覚えた。勇気を振り絞って目を開けてみると、そこには何もないはずなのに、誰かに触れられているかのような感覚があった。

なに、これ。と不思議な感覚に囚われていると、ぼやけたわたしの視界に一筋の赤い光が入った。

それは鼓動のように、そして鼓膜を振るわせるあの声に共鳴して光を放っていた。

すると急に先程まで恐怖に感じていた声が、温もりを帯びて聞こえてきた。

急に涙がこぼれそうになる。

眩しいほどの光は、一筋の細い糸のようになりわたしの指に巻き付いた。

わたしはその糸に導かれるように歩みを進めた。

その糸の先に立っていたのは、あの声の主。


今でもその声の主は、多くの人を救っている。

もちろんわたしも。

ずっと近くで。
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