十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『恋人とアルカナ』

アルカナはとある事情があり、薄暗い砂浜へと足を運んでいた。

この砂浜は昼間には多くの観光客や家族連れ、そして恋人達で賑わう海水浴場であった。しかし陽が沈むと一転、漣の音がよく聞こえる砂浜へと姿を変える。

今、この砂浜にはアルカナの他に一人の若い男がいた。男は今回アルカナにある捜し物を依頼してきた人物である。

その捜し物とは指輪だった。昼間に恋人とこの砂浜に遊びに来た際に、身に付けていた指輪を落としてしまったそうなのだ。気づいたのも遅く、後で捜してもなかなか見つからなかったという。

指輪はその恋人と記念に購入した代物。唯一無二であるので、どうしても捜し出さなければいけないのだと男は懇願してきた。

アルカナはいつものように瞑想して、指輪の位置を捜し当てたのだが、なにぶん目印の無い広い砂浜なので、実際に現場に足を運び、具体的な位置を示す必要があった。そうしてアルカナは男を連れて一緒に砂浜にやってきたのだ。

「アルカナちゃん。それでどの辺りに指輪は落ちているのかな?」

終始落ち着かない様子の男に対してアルカナは言う。

「あの辺り、よ」

アルカナは砂場のちょうど中央、目印も何もない場所を指さした。

すると透かさず男はその場所に向かって走り出した。

その様子をもの悲しげな表情で見つめていたアルカナは、この一件をどう完結すれば良いのか悩んでいた。


実は現在、指輪は深い海のそこにある。確かに最初に捜した時には砂の中に埋まっていたのだが、ここに来るまでの間に波にさらわれてしまっていた。

それは先程再び瞑想した時にわかったことなのだが、一度砂場にあると言ってしまった手前、それが今はもう無いのだとは言いづらい。希望を与えた後すぐに失望させるのは辛辣だ。ただ、かといってこのまま蛇の生殺しのようなままでもいけない。

必死になって砂をさぐる男を、アルカナは注視することが出来ない。

恋愛経験のないアルカナにとって、この恋人という存在にどれほどの魅力や価値があるのか不透明であった。故に貝殻で海を測ることはできない。

深く悩んでいたせいか、背後から近づく人影に全く気づかなかったアルカナは、ふいに声をかけられて身体をビクつかせた。

「ごめんね、アルカナちゃん」

振り向くと、そこには若い女が立っていた。

「彼ね、どうもおっちょこちょいなところがあって。でも、何事にも必死になってる姿ってなんとなく格好良く見えちゃうのよ。だからかな、許せちゃうんだよね。自分でも不思議なんだけど」

女はそう言い残すと、必死になっている男に近づいていった。

恋人たちの様子をしょっぱい顔で眺めていたアルカナは、心の声が漏れて出た。

「なんだか、眠くなってきちゃったわ」
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