十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『万愚節』

平日のお昼時。
近所のファミリーレストランにて。
私は一人、テーブルの上にパソコンを広げながら紅茶を嗜んでいた。

店内では早朝の家事を終えた奥様方の集会、老夫婦の談笑、浪人生の個室勉強会などが催されているが、私の触手に触れたのは、黒いスーツ姿の二人組。彼らはすでに一時間以上も密談を交わしていた。

ひとりはプロレスラーのような体格に頭は坊主で首元にはケロイドの痕。もうひとりは長髪にサングラスで先ほどからずっと貧乏揺すりをしていた。

どう見ても怪しい。

絶対にこれから犯罪か何かをやろうとしている。もしくは過去に手を染めたか。

そんな人物と同じ空間に居合わせてしまっただけでも、足が震えている私なのに、他のお客や店員は、全く動ぜずに平和な日常を過ごしている。

もしかしたら、私にしか彼らのことが見えていないのかとも思ったのだが、店員はなんの躊躇いもなく普通のお客として対応していた。

すると突然、奥様方の集会から叫び声が聞こえてきた。

「何よこれ! スープにゴキブリが入ってるじゃない!」

その声に店内の視線が集中しざわめき始めた。店長らしき人物が対応し頭を下げている。しかし奥様方の怒りは治まらない。

すると今度は老夫婦の席の方からお皿の割れる音がして視線を向けると、夫の方が胸の辺りを押さえ苦しそうに顔を歪めていた。

「どなたか救急車を!」

妻の方が叫んだ。慌てた様子で店員が老人に近寄る。他のお客達も老人を心配して近寄ろうとしていた時、今度はかすれた男のわめき声が聞こえた。

「お前らうるさい! 静かにしろ! これが見えないのか!」

その声に驚いて振り向くと、先ほどまで個室勉強会をしていた浪人生が、若い女性店員を捕まえてその首元にナイフを当てている。

次から次へと事が起こり店内はパニック状態に陥っていた。私は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。しかしこの状況下、堂々と店の出口付近に向かう勇気はない。

どうすれば良いか策を練っていた時、あの怪しい二人組が動いた。長髪の男がスーツの内ポケットに手を入れ、私の想像していた物を取り出し、それを天井に向かって撃った。

破裂音とともに女性の叫び声。

その瞬間、なぜか私は今が絶好のチャンスと捉えた。

パソコンを抱え退散の準備をしていた私は、二人組に視線が集まる中、逃げるようにして店の出口に向かった。

背後でドスの利いた声が聞こえた気がしたが、立ち止まってはいけないと思いそのまま店を脱出した。

そして何とか自宅まで逃げ延びた私は、早速パソコンを開いて先ほどの事件がニュースになっていないか、あるいはネットで騒ぎになっていないかと、とても気になり検索をした。

すると、ネットのトップニュースの見出しに『日本は戦争に突入した』とあった。


やられた。まんまと騙された。

いや、どこまでだ?
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