十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『眠れぬ仮の美女』

お久しぶりです。今回は『眠れる森の美女』ではなく、『眠れぬ仮の美女』です。


深夜十二時を過ぎた。

眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。

喉が渇きを覚え重い身体を起こして台所に向かった。そしてコップに注いだ水道水を飲んでいると、玄関の方から物音がした。

帰宅時の記憶が瞹眛だった。閉め忘れたかもしれない。夢現でも誰かが部屋の中に入ってきたような気配を感じた。

なぜか息を潜め、その気配の正体を探ろうとした。壁沿いに手を伸ばし、灯りのスイッチを押す。一瞬目を眩ますほどの光に包まれた部屋には、どこにも何者かの存在はなかった。眩さとともにきえてしまったのだろうか。

気のせい。今まではそんな便利な言葉で片付けてきたが、いつまでも手をこまねいていても仕方がない。

携帯電話の電源を入れ、恐る恐る確認してみた。映し出された画面には、同じ番号の着信履歴が無数に残っていた。消してもすぐに溢れる番号を見るのが恐ろしく、しばらくの間電源を消していたのだが、あの存在を目の前から消すには、携帯電話が必要だった。

すると薄暗くなっていた画面が光り出し、そこには脳に入れ墨のように刻まれた十一桁の数字が表示された。

ボタンを押し、携帯電話の受話器に向かって言った。

「もう、これ以上つきまとわないで」

相手からの返答は無い。ただ、耳元では心音とともに何かの荒い息づかいが聞こえていた。

「やめてって言ってるでしょっ!」

今度は叫び声にも似た激しい口調で言ったのだが、相変わらず反応はない。これもまた、同じことの繰り返しだった。

煙みたいな存在の相手に、嘘偽りもなく自分をさらけ出す日が来るとは、ゆめゆめ思いもしなかった。

一度唾を飲み込み、大きく深呼吸をしてから受話器に向かって叫んだ。

「いい加減、俺の前から消えろって言ってんだろがぁ!」
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