十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『腐葉土になった彼』

初夏の木漏れ日が降り注ぐ森林を独り、当てもなく巡っていると一人の男性に出逢った。

背の低いわたしを上から見下ろす形で彼は微笑む。――あの時と同じ。光を通してしまうほどの透き通った白い肌。手足は細くて長いのにも関わらず、彼から溢れ出す包み込むような温もりは、わたしにとてつもない安心感を与える。

そう、前に出逢った時も同じように感じたはず。それによってわたしは一瞬で恋に落ちたのだ。

ただ、何かが違う。一年前のこの場所で出逢った彼とは。


彼は言った。

「君は独りかい?」

わたしは小さく頷く。

「君みたいな婉然な女性が訪れる場所ではないから、すぐに戻りなさい。って言いたいところだけど、僕と君がここで出逢ったのは何かの縁。君にひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」

微笑みながら言う彼の言葉は、神による何らかのお告げのように聞こえてきた。すぐにでもひざまずき、両手の指を組ませながら天を仰ごうとまでする勢いだった。

「お願いは単純、一年後もう一度この場所に来てくれればいい」

「一年後?」

彼は無言で頷く。一瞬わたしは返答を躊躇った。しかし彼の天使のような微笑みに、わたしは無意識に頷いていた。


彼のお願いの真意が何なのか。それをわたしはすぐに理解できた。わたしも彼と同じ想いであったから。

そのお願い通りにわたしは一年後、同じこの場所に戻ってきた、と言えるのだろうか。

疑念の余地を残す原因は、彼の容姿の変貌があまりにも大きかったことによるものだった。この場所が、一年前と同じ場所なのかさえ不透明であり、何か目印になるものを残しておけば良かったと今更後悔しても遅い。ただ、戻ってきたとしても、何もできない無力さに心が痛んだ。

好きになった人の顔を忘れるなんて有り得ない。だけど、好きになった人の骨格までも記憶しておくことは難しい。太い木の枝から垂れ下がっていた彼の軆は、しなとの風に吹かれて今は枯れた落ち葉のようになっていた。

一年前のあの日、彼はわたしが頷くと同時に首を吊った。驚嘆することもなく、彼の垂れ下がった四体を見つめながらわたしが最初にとった行動は、その場から離れることだった。

遠くへ、できるだけ遠くへと、歩みを進めて行く。彼の真意に背くことになるかもしれない、そんな想いがわたしの瞳を涙で包み込む。適当な場所でわたしは立ち止まり、そしてわたしは彼と同じように首を吊ったのだった。
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