十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『怯え鳴く聲』

薄暗い早朝、都心の仕事場へと向かうため、会社員の男性が駅のプラットホームで始発電車を待っていた。

快速電車の止まらない、廃れかけた駅が彼の最寄り駅。ホーム内には男性以外誰もいなかった。静寂として遠くにいる鳥の地鳴きさえも聞こえてくる。いつもと変わらない風景が底には広がっていた。

するとそこに、珍しく一人の女性がやってきた。女性は男性とは少し離れた位置で立ち止まると、その美しい濡れ羽色の髪なびかせた。男性がそれに見惚れているとアナウンスが流れた。

《まもなく電車が通過致します。黄色い線の内側までお下がりください》

この時間帯に通過する電車といえば、貨物列車ぐらいだった。男性は、念のため一歩下がる。すると遠くからレールを伝わって車輪の音が微かに聞こえてきた。見ると、予測通り貨物列車が姿を現した。

突風とともに男性のすぐ目の前を貨物列車が通過する。その刹那、男性の左足に強い衝撃が襲った。男性はよろめき倒れそうになるが何とか踏ん張り、黄色い線からはみ出すことはなかった。

いったいなにが起こったのか一瞬パニック状態に陥った男性が視界に捉えたのは、電車が通過した後に残った線路の奇天烈な状態だった。

線路の一部がまるでぽっかりと穴が空いてしまったかのように黒く染まっていたのだ。光の加減でそう見えているのではない。確かに一部の色が変色している。男性はふらつく足でホームぎりぎりまで歩き、身体を乗り出して線路の状態を注視した。

するとその黒ずみは真っ黒ではなかった。所々に濃い赤色が混じっている。そしてさらには、その変色が何十羽の烏で彩られたものであったのだ。

それに気づいた男性は恐怖に尻餅をつきながら後退りをした。そしてふと自分の左足を見ると、一羽の扁平した烏がへばりついていた。

男性が上げた叫び声は、閑古鳥が鳴く駅に割れるように響いた。
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