十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『浮かない空気』

拝啓
お天道様がご活躍する季節がやって参りましたが、先生はいかがお過ごしでしょうか。私は相変わらず忙しい日々を送っております。

さて、過日は私たってのお願いを快く引き受けて頂き、心より感謝しております。あの日以来、なんと言っていいのでしょう、身体を締め付けていた枷が外れて、宙に浮いているかのような感覚が続いております。
風船を膨らます時、口から空気を入れたものでは、宙に浮きませんが、ヘリウムガスを使うと浮きますよね、その感覚に近いのです。今までで会ってきた先生方は、私にただの空気しか入れてくれませんでした。なので余計身体は沈んでいくのです。しかし先生は、私にヘリウムガスを入れてくれました。そのおかげで私の身体は宙に浮くことができたのです。そのことについては本当に感謝しています。

ただ、先生は一つ、風船がどこまでも果てしなく飛んでいかないようにつける紐を、私にこっそりとつけましたね。最初は私自身も全く気づきませんでした。流石です。しかし、その紐に気づいた時の衝撃は、再び私を沈ませるようなものでした。それが私のことを思ってつけたものであるとは理解しています。しかしそれと同時に、先生は先生自身の身を守るためにつけたものではないのかと訝しむこともできてしまいました。それを肯定する根拠もないですが、否定する根拠もないのも事実です。

ですが、この紐は容易に取れるようになっているようです。予防線といったところでしょうか。先生はお人が良すぎますし、甘過ぎます。塩と砂糖を間違える程度では済まないこともあるのですよ。気をつけて下さい。悪い輩はそんな先生の人柄を悪用しかねません。しかし今回は、その甘さが功に転じたのも確か。私が言える義理でもありませんでした。どうかお許しを。

今回のことで、先生に直接お礼を申し上げられないのがとても心苦しいのですが、先日お送りした品物は届いておられるでしょうか。敢えて差出人の名前を明記しなかったのは、紐をつけた先生への当て付けです。申し訳ございません。しかしこれでお相子と言うことで。

品物は私が作った鼈甲細工です。先生には少しばかり違和感を与えてしまうかも知れません。しかし、それは私の意思、そのものだと思って頂いて構いません。できることなら肌身離さずお持ち頂けるとありがたいのですが、強制はできません。ご自由にお使い下さい。

それでは、先生の今後のご活躍とご健康をお祈り致します。ありがとうございました。
敬具

追伸:病は気からとは言いますが、空っぽの気ではやくにたちませんね。
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