十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『嘘つきイバラの枯凋』

深い森の一角に、山から流れた清水でできた小さな湖があります。

その湖畔に1本の真っ赤なイバラが咲いていました。そのイバラはとても不思議な花で、なんと人の言葉を喋るのです。森で迷い、湖の水で喉を潤そうとして近づいてきた旅人たちに話しかけるのでした。旅人たちの間では、そのイバラは湖の妖精なのだと噂されていました。

そして今日もイバラは話しかけます。


「そこの旅人よ。あなたはどこからいらしたの?」


旅人は答えます。「東の都からです」


「東の都の出身の人は、この水を飲んではなりませんよ」


「それは、どうしてですか?」


「あなたたちの血はとても濁ってらっしゃる。だからこの純粋な水は、あなたの血には馴染みませんの。水と油というわけです」


「僕の血が油だっておっしゃるんですか?」


「気を悪くしたのでしたら謝ります。しかし、この湖の水はとても清らかで、塵ひとつ浮かんではいないのです」


旅人は悩みました。聞いた噂だと、このイバラの妖精の忠告に抗った者は、二度とこの森から出ることができないのだと。しかし旅人はとても喉が渇いておりました。今ここで喉を潤さなければ、干からびてしまいそうです。

たとえどちらの道を選んでも、無事にこの森を出ることができないのなら、せめてこの美しい水を飲んで人生を終えようと、旅人は考えました。
旅人は素早く湖に近づき、両手で水をすくいその透き通った水を自らの口にふくみます。

ああ、なんて冷たくて美味しいのでしょう。こんなに美味しい水は今まで飲んだこともありません。まるで全身の毛穴から水を染み込ませたかのように感じました。
もう旅人は自らの過ちに、なにひとつ後悔はありませんでした。生きている間にこんなにも美味しい水が飲めたのですから。

すると旅人の耳には、どこからか泣き声が聞こえてきました。その泣き声の主はイバラでした。


「あなたは、大変なことをしてしまいましたね。実はこの湖の水は猛毒なのです。私はあなたの命を助けたかった。油なのはこの湖の方なのです」


旅人は首を傾げました。こんなに美味しい水が猛毒のはずがありません。このイバラは嘘をついている、そう思いました。
しかしイバラは泣き止みません。


「こんなに悲しいことはありません。私はもう、駄目かも知れない」


イバラは何を言っているのでしょうか。旅人はイバラの言葉を訝しります。

すると、そのイバラの様子が徐々に萎れていくではありませんか。イバラですので涙は流れていないのに、イバラの花びらや葉がみるみるうちに萎れていきます。
そしてとうとう見るも無惨な姿に枯れてしまいました。枯れるとともに泣き声も止みました。


しばらくの間、湖畔一帯に乾いた静寂が訪れました。

旅人は思うのです。
自らの命を犠牲にしてまで飲んだ水は、結果的にはイバラを枯れさせてしまった。
確かにイバラは嘘をついていた。
しかしそれは旅人のためにではなく自分自身を守るために。
そして最期まで、自らを犠牲にして魔性な言葉を残していったのだと。
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