十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『夢に夢見る』

 今日の真崎は、少し陽気に見えた。

「なあ、知ってるか」

「いや、知らん」

「ちょっと待てって、まだ何も話してないだろ」

「お前が『知ってるか』って言って始める話は、大抵きな臭い話だからな」

 苦笑いを浮かべる真崎を尻目に、俺は書きかけの課題レポートに取りかかる。

「まあ、いいから聞いてくれ」

 慣れた様子で俺の隣の席に座った真崎は、声を細め俺だけに聞こえるように語り出した。

「○○駅の近くに自動販売機が置いてあるの知ってるだろ。その自動販売機のジュースを、左上、右下、右上、左下っていう順番に4本飲み物を買うと、おまけで1本、本来売ってないジュースが出てくるらしいんだよ」

「ただの噂だろ」

「それが本当なんだよ。おれ、昨日実際に試してみたんだから」

「暇だな」

「いいから、まだこの話には続きがあるから聞いてくれ」

 真崎はそう言うと、一度つばを飲み込んでから何か覚悟を決めたかのように真剣な顔で言った。

「そのジュース、実は寿命が延びる魔法のジュースなんだよ」

「やっぱり、そんなやつか」

「まあまあ。でもな、その魔法のジュースは必ず出てくるとは限らない。確率は二分の一。外れもあって、外れは真逆の猛毒が入ってるジュースらしい。出てきた缶のパッケージだけじゃ判断できないから、正直、実際に飲んでみないとわからないんだよ」

 そこで俺はようやく重要なことに気づいた。

「おいちょっと待て、お前さっきそれ試してみたって言ってなかったか?」

「ああ、そうだよ」

「それじゃ、お前が今生きてるって事は、魔法のジュースってやつを当てて飲んだのか?」

 すると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかり笑みを浮かべ、真崎は胸を張った。

「そうさ。おれは魔法のジュースを飲んだのさ。これでおれは長生きできる。二分の一の賭けに勝ったんだよ」

 鼻を鳴らした真崎は、大きく自分の胸を叩いた。

 ――賭け、ねえ。

 自らの命を、そう易々と賭けられるものなのだろうか。俺は真崎の話そのものを訝しんでいた。

「何か変化はあったのか?」

 興味はないが、少しでも話に乗ってやらないと、真崎は逆にしつこくなるので、俺は敢えて前屈みになった。

「それが、風邪が治った」

「……はあ」

「いや、それだけじゃない。いつのまにか虫歯もなくなっていたし、目も少しだけ良くなったきがするんだ」

 俺は真崎に向かって手を振る。どうやら、こいつの目の前はお花畑が広がっているようだ。

 そもそも、真崎が虫歯になったと聞いたのは2年ほど前。視力だって元々2.0以上あったはず。風邪に関しても、真崎が体調を崩して寝込んでいる姿を見たことがなかった。

 結局、プラシーボ効果ってやつだろう。

 仕方なく俺は、真崎を現実世界に戻してあげることにした。

「なあ、真崎。お前が飲んだのは、他の物とは何も変わらない、ただのジュースだ。4本買ったら1本おまけがついてくるっていう自販機の設定だよ。それに余計な尾びれがついて、ただの噂として流れ出したってことだ」

 すると、真崎は人が変わったかのように、真剣な面持ちで言葉を返してきた。

「お前の話はつまらないね。どうせなら夢を見て死んだ方が、良いに決まってる。これは現実逃避じゃない。現実回避だよ。現実には限界があるが、夢は無限だ。その夢に夢見るから現実の科学者は、魔法使いに憧れるんだ」

 そう言って、真崎は席を立った。

 真崎の姿が見えなくなった頃「おれは伝説になる!」と、どこかで聞いたことあるような台詞が聞こえてきた。
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