十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『おもちゃのような月』

小雨の降る中、郊外にある少し小高い丘の頂上に向かって歩いていた。

今日は珍しいものが見られるかも知れない。そう思ったからだ。

天気予報では、日が暮れるころにはこの雨も止む。そしてこの雨雲がこの町の上空から遠ざかってくれさえすれば恐らく。そんな期待が膨らんでいた。

予報通り丘の頂上に着くころには雨も止み、湿った空気だけがその丘を包み込んでいた。下から吹き上げてくる風も髪を持ち上げられるほど強い。この風が雲を運び、その雲がいなくなった場所から顔を出す満月を待っていた。

珍しいものというのは、月光虹だ。普段雨上がりに太陽の光の屈折や反射により見ることができる虹は、月明かりでも見ることができるらしい。しかも夜にもだ。海外などでは、それを見ると幸せが訪れるという話もあるらしい。

空を見上げる。まだ月は雲の中だ。

丘の頂上に街灯はなく、ほとんど何も見えない状態。アナログの腕時計では、今の時刻を確認することができない。せめて月明かりに照らされてさえいれば、僅かでも確認できたはず。丘の頂上に来てから何時間経っただろう。自分の感覚だけだと二、三時間。いや、もっと経っているかも知れない。

いつのまにか風の勢いも弱まっていた。今日はもうあきらめて帰ろう。名残惜しいが、そう決心して丘を下り始めた。


Moon bow。月光虹のことを英語ではそう呼ぶらしいけど、なんだか片仮名にすると男の子のおもちゃみたいな名前だなと調べているときに思った。ムーンボウ、ムーンボー、ムーン坊。そういう名前のおもちゃがあってもおかしくない。

空に浮かぶ月もおもちゃみたいに簡単に動かせたら、今の時刻も知ることができたし、ムーンボウも見られたかも知れないのに。
スポンサーサイト