十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『片耳からの凶音』

小学三年の夏休み。
僕は同じクラスの友達と近所の駄菓子屋で遊んでいた。その駄菓子屋には、九十歳近いおばあちゃんがレジの前にいて、遠くから見たら生きているのか死んでいるのかわからない程ほとんど動かない。

おばあちゃんはいつも小型のラジオを置き、イヤホンを片耳につけて時折不気味な笑みを浮かべる。どんなラジオを聞いているのか気になった友達が、一度空いているもう片方のイヤホンを触ろうとしたら蠅を叩くかのように手を叩かれたそうだ。

いつものように十円程度のお菓子を漁っていると、一人の友達が小声で言った。

「なあ、あのばあちゃん、寝てないか」

レジの方を見ると、確かにおばあちゃんは目を閉じている。しかし目を閉じているだけでは、寝ているとは限らない。片方の耳にはしっかりとイヤホンがついている。

「どうだろう。いつもあんな感じじゃない?」

「ちょっと、確認してみる」

友達は適当にあめ玉を手に取り、レジに向かっていく。

「これください」

友達の声量は、いつもより小さかった。そのためか、おばあちゃんは全く反応しない。友達はもう一度、今度は少し声量を大きく言うのだが、おばあちゃんは何も答えないどころか水飲み鳥のように身体を前後している。

僕のところに戻ってきた友達は、黙って頷き「あれは寝てる」と一言添えてあめ玉をポケットに入れた。
僕はその友達の行動に目を疑うようなことはなかった。友達がこの駄菓子屋に来る度に、何か商品をくすねることは日常茶飯事だったからだ。ただ今回ばかりはいつもの緊張感がないので、友達も満足していない様子。しかし次第に以前失敗した、おばあちゃんがラジオで何を聞いているのかを知るチャンスが舞い込んできたことに、友達の好奇心は沸き上がっていた。

早速友達はおばあちゃんに歩み寄っていく。空いている片方のイヤホンは、おばあちゃんの首元からだらしなく垂れている。友達はクヌギの木に止まるカブトムシを捕まえる時のようにゆっくりと垂れているイヤホンを手に取り、自分の耳につけた。

するとその途端、友達は何かに驚いたかのように身体をビクつかせた。そしてイヤホンを耳から外しておばあちゃんから離れた。どうしたのかと聞こうとすると「ごめん、先に帰る」と言い残し、僕を置いてお店から出て行ってしまった。

その様子を見て、気にならないわけがない。僕は恐る恐るおばあちゃんがまだ目を閉じているのを確認してからに近づき、イヤホンを自分の耳につけた。するとどうだろう。イヤホンからは何の音も聞こえない。その瞬間、何者かの視線に気づいた。目線を上げると、今までに見たことないおばあちゃんの鋭い視線が、そこにはあった。そして、ひび割れた口元から濁った声で「あんたは許してやる」と発せられた。
スポンサーサイト