十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『夢を食べる彼』

 彼の言葉は具現化する。

 そんな彼との初めての出会いは、学校の教室。隣の席だった彼が私に声をかけてきたのが最初だった。私たちは互いに一目惚れ。出会ってから付き合うまでの時間は、ほとんどなかったように覚えている。
 彼は夢を語る癖があった。私との会話はほとんどが彼の夢の話。

「俺は将来、社長になってお金をたくさん稼ぐ」とか、「子供は野球チームが作れるくらい欲しい」とか、「年寄りになっても奥さんとキスしていたい」とか。

 私はそれを笑って聞いていた。当時はまだ高校生。少し先を見すぎだよと、冗談交じりに答えていた。そんな中、私はいつしか彼を応援したい気持ちでいっぱいになっていた。彼の夢は私の夢にもなっていたのだ。
 それから彼は高校を卒業してからも、真面目に努力を積み重ね、30歳を手前に起業し社長となった。これで夢をひとつ叶えたことになる。私はそのことを彼に言うと、彼は首を振った。

「いや、まだだよ。これからお金を稼がなきゃならないだろ。まだ夢の途中さ」

 彼の努力は本物だ。私の見ていないところでも、必死に努力している。

 そんな彼に触発されて、私は密かにある夢を抱きはじめていた。それはデザイナー。美大に通っていたのも、元々絵を描くのが好きだった理由でもある。彼にはまだ何も話してはいないが、事務員として働きながらも絵を描く練習はしていたのだ。
 話せばわかってもらえる。私のそんな甘い考えは、彼の言葉で一蹴された。

「君は僕を一生支えてくれればいい。それ以上は望まないよ」

 彼なりの優しさなのかもしれない。でも余計、言い出しづらくなってしまった。それでも勇気を振り絞って言ってみた。

「あの、私、デザイナーになりたいなあって……」

「デザイナー? なんだいそれは。君の夢は、僕を支えることだろ。冗談はよしてくれ」

 だめ。もっとはっきりしないと彼はわかってくれない。私の熱意を伝えないと。
 しかし、微笑みながら話す彼の次の言葉で、私の夢は彼に食べられてしまった。

「今、君が体験している世界は僕の夢の中だ。だから君は僕の思い通りに生きてくれなきゃ」

 私が思い描いていた夢は、儚くも彼の言葉によっておいしく消化されてしまった。
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