十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『のっぺらぼうず』

 私が受け持つクラスには、ひとつだけ空いている席があった。
 初めは単なる余りの席。前任の教師が片付けるのを怠っただけだと軽く考えていた。しかしある児童行動によって、私の脳裏にハエが集るような厭な胸騒ぎがしたのだ。

 休み時間。元気よく教室を走り回っていた児童を注意しようとした時だ。その内のひとりの児童が、あの空いている席にぶつかり勢いよく椅子を倒してしまったのだ。
 すると、その児童は急に青ざめた表情に変わり、慌てて椅子を元に戻す。それが何を意味しているのか、その時はまだわからなかった。それから椅子を倒した児童だけでなく、他の児童まで表情を固めてしまった。いつしか教室全体の温度が急激に下がったように静かになり、空気が重たくなった。

 別にクラスの児童が亡くなったなんて話は聞いていない。いや、聞かされていないだけなのか?
 私は疑心暗鬼になり、校長に確認することにした。

「校長先生、ちょっといいですか?」

「どうしました。清水先生」

「最近うちのクラスで児童が亡くなったとか、或いは事故や病気で入院しているなんてことありませんか?」

「いいえ、ありませんよ。どうしてそんなことを?」

「あ、いえ、クラスにひとつだけ余分に席が余っていたので」

「ああ、そうでしたか。……そういえば先生が赴任する少し前に、ひとりの児童が転校したんですよ。その席がそのまま残ってしまっているだけなんだと思いますよ」

 なんだ、そういうことか。
 私は校長の言葉を聞いて一度納得はしたものの、ふとあの時の児童たちの様子を思い出した。それならどうして、あの空席の椅子を倒しただけでクラス全員が能面のような表情になったのか。

 翌日、私はどうしても気になりひとりの児童に話を聞くことにした。

「ねえ、あそこの空いている席の子は、どんな子だったの?」

 すると、それまで笑顔だった児童の顔が、生気が抜けたように変わった。そして言葉を失う。

「ごめん。やっぱり何でもないや」

 私は児童から話を聞くの諦め、もう一度校長に声をかけた。

「校長先生。あの席に座っていた児童のことを他のことを聞いてみたんですけど、なんだか児童たちの様子が変なんですよ」

「変、とは?」

「あまり触れて欲しくないといった感じで」

「触れてあげないのも優しさではないでしょうか」

 校長の仏のような態度に、私が考えていたことがとても小さなことに思えてきた。ただそれと同時に、その態度の裏にえも言えないような闇を感じた気がした。
 すると私と同じく今年から赴任した新米の二見先生が、口元を覆いながら声をかけてきた。

「清水先生はやっぱり聞かされてないんですね」

「何か知ってるんですか二見先生?」

「わたしも詳しくは知らないんですが、先生のクラスの児童が転校する前までいじめを受けていたらしいんです。それが転校の理由とも聞いてます」

「やっぱりそうなんですね。でもそれだけで、児童たちがあそこまでなるとは思えないんですよね」

「これはあくまでも噂ですが」と、二見先生がさらに声を抑えて言った。

「――すべて校長が裏で糸を引いていたって」

「それは、どういうことですか?」

「転校した児童に対していじめを仕掛けるように、他の児童に仕向けたとか。前任の先生もグルで、証拠隠滅のために飛ばされたとか。……他にも色々あります。でも、子供たちは何も話しませんし、証拠もない。わたし校長先生が怖いです」

 その噂が本当なら、どうしてそこまでひとりの児童を転校させようとしたのか。私はとても恐ろしい学校に赴任してきてしまったのかもしれない。いつか私にも校長からの悪魔のささやきが来るのかと思うと、鳥肌が立って仕方がない。

「先生」

 ふいに声をかけられ、振り返ると校長が目の前に立っていた。
 校長が何か話している。しかし声は聞こえない。雰囲気だけで、そう判断した。
 
 なぜか私にはもう、校長の表情が見えなかった。いや、校長は私に背を向けているのかもしれない。校長の禿げ上がった頭部を見ている。そんなまさか。
 まるでのっぺらぼうのような頭部は、何かに向かって何かを話し続けている。
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