十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『少年が拾った勲績』

昼に仕事が終わり、いつものように近所のスーパーで買い物でもしようかと思い歩いていると、途中にある公園に、ひとり寂しくベンチに座るの小学生くらいの少年が視界に入った。

見覚えのある顔だった。しかし、はっきりと思い出せない。

近づくと、その少年が自分に気づいて顔を上げた。するとまるで助けを待っていたかのように立ち上がり自分に近づいてきた。

「おじさん。どうしよう」

やはりこの少年と自分は知り合いなのか。相手は顔を見ただけで思い出したのに、自分は未だに思い出せない。しかし、助けを求めている少年を無視するわけにもいかなかったので、腰を屈んで対応した。

「どうした?」

「財布拾っちゃった」

少年は拾ったという財布を見せてきた。
黒い長財布でどこかの有名ブランドもの。中身もカードや現金は残っていて、お札も結構な枚数が収まっていた。この純粋な少年が拾ったことで持ち主も救われただろう。
一緒に交番に届けようかと提案する前に、確認しておいた方が良いと思い「どこで拾ったんだ?」と聞くと、自分の問いに少年はすぐには答えなかった。なにやら口籠もっている。しばらくすると「こっち」と蚊の鳴くような声で言い、少年は歩き出した。

少年の後をついていくと、自分が住んでいるアパートに行き着いた。その時ようやくその少年が、自分の部屋の隣の住人だったことを思い出した。少年は確か母親との二人暮らし。引っ越しの挨拶の時にちらっと顔を見たぐらいだったので、朧気な記憶だったのだろう。母親とは何度か顔を合わせていたので、鮮明に記憶あったが少年とはこれで二度目だ。恐らく母親の方が自分のことを少年に話していたから、少年はすぐに自分に気づいたのだろう。

辺りを気にしつつ少年は自らの部屋に自分を招き入れる。いったいどういうことなのか説明してもらおうと思い、少年に聞こうとすると、少年は部屋にあるテーブルの上を指し「ここ」と言った。

これは《拾った》と言ってもいいのだろうか。それにこれではいくつかの疑問が浮かぶ。少年が見せてきた財布はどうみても男物。母親と二人暮らしの部屋にあるのは不自然だ。さらになぜ少年は部屋の中にある財布を《拾った》と言ったのか。

そこから考えられる結論は一つ。この財布の持ち主は母親の恋人あるいは友人であり、この部屋に出入りしている人物。そしてこの少年はその人物を快く思っていない。だからテーブルの上に置いてあったその人物の財布を持ち去ったのだ。少年ができる僅かながらの抵抗のつもりだったのだろう。しかし、しばらくしてから後悔の念に苛まれ、自分に助けを求めた。ひとりではどうしようもできない無力さを恨むが、それを正直に認めてしまえば怒られてしまうかもしれない。だから《拾った》と嘘をついたのだ。


しかしまあ、少年は《拾った》と言っているのだ。それを未だに否定はしない。それならば、少年を救ってあげないわけにもいかない。だから少年に言った。

「よし、わかった。この財布はおじさんがちゃんと交番に届けるから心配するな。後は任せておけ」

自分はそう言い残し、部屋を出た。

しかし交番には向かわずに近所のスーパーに入った。適当に商品をかごに入れてレジに並ぶ。自分はレジを打つ女性に向かって少年が《拾った》という財布を見せた。

「この財布、おたくのお子さんが《拾った》って言ってましたよ、部屋の中で。変ですねえ。いったい誰の財布なんですかね。知ってますか、静枝さん? もし良かったら僕にも教えてもらえません?」

その財布を見た静枝は、目を丸くして固まっていた。

これで少年も、そして自分も救われる。
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