十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『審判とアルカナ』

 人は死んだら生まれ変わるんだって、いつか読んだ本に書いてあった。ただそれがどの本だったかまでは、忘れてしまった。

 この家はこんなに広かっただろうか。改めて見ると、不思議とそう感じる。産まれてからずっとこの家に住んでいたのに。
 荷物はあらかた片付いている。たくさんあった本も、施設に寄付する形で落ち着いている。思い出の詰まった家を手放すのは心苦しいが、近くに置いておきたい物だけは残してあった。ブリキの戦車、月桂冠、そしておばあちゃんの日記。

 そういえば人は死んだ後、天国やら地獄やらに行くともどこかの本で読んだ記憶がある。

 あたしはこの空っぽになった家の中で、迎えが来るのを待っている。正直なところ、あたしの心の中も、今のこの家と一緒で空っぽになっていた。
 これまで、たくさんの人に出会った。そのほとんどがあたしの力を求めてやってくる。あたしの中の不思議な力。これはこの世界から見失ったものを捜し出す力。目を閉じて集中する。すると、その無くし物を見つけることができた。町の人や王国の方々の無くし物を見つけてきた。どれもこれも良い思い出だ。

 すると玄関の扉をノックする音が聞こえた。迎えにしては少し早い気がすると思いながら扉を開けると、いつかのピエロさんが立っていた。

「あら、お久しぶりですねピエロさん」

「こんばんは、アルカナちゃん。またひとつ捜して欲しいものがあるんだけどいいかな?」

「ごめんなさいピエロさん。あたしもう、そういったことはやめたの」

「え、それは本当かい?」

「うん。この家ももう出て行くところなの」

 ピエロさんは、変わらぬ表情で家の中を軽く見回すと小さく頷いた。

「そうか。それは残念だ。でも、こうして訪れて、お別れの挨拶ができると考えたら、運がよかったのかもしれない」

「そうね。ただ、力にはなれないけど、ピエロさんは何を捜して欲しかったのかは聞いても良いかしら?」

「ええ、もちろん。実は一冊の本を捜していて」

「本?」

「タイトルや表紙は忘れちゃったんだけど、内容は覚えてる。人の死後を描いた物語でした」

 人の死後という言葉に、あたしは敏感に反応した。

「その本、もっと詳しく教えてはもらえませんか?」

「良いですよ。
 確か主人公はとある事件で死んでしまい、その後現世と死後の世界の狭間で三つの岐路に立つ所から始まります。ひとつは平和と安寧の天国へ。ひとつは現世での罪償う地獄へ。そしてもうひとつは現世へと生まれ変わる新たな世界へです。そこで主人公は当然かのように生まれ変わりの道へと歩みを進めようとしますが、ふと聞こえてきた天の声に足を止めます。
 主人公は生前、多くの悪事を働いていたので、地獄へ行きこれまでの罪を償うことを諭されます。そして主人公は地獄の道へ向かおうとしますが、再び天の声が呼び止め、今度は天国へと向かうように諭されました。
 実は主人公は死ぬ間際、盗賊に襲われかけた少女を助けていました。その行いは、平和に包まれる証は十分であると諭されます。なので今度は、天国の道へと主人公は歩き出し
ます。
しかし、三度天の声が主人公の歩みを止めます。今度は生まれ変わりを勧めてきたのです。働いてきた悪事の分だけ良いことをすることが定めであると」

「なんだか、ややこしいわね。それで結局主人公はどうしたの?」

「それが、思い出せないんです。残念なことに」

「だから捜して欲しいって頼んできたのね。でも、おもしろそうね。その本」

「ええ、おもしろいですよ。特にこの天の声が言葉巧みで」

 ピエロさんは「残念」やら「おもしろい」やらと言葉にするものの、表情が変わらないため少し不気味に思えた。せめて声色だけでも変えて欲しい。
 すると、ピエロさんがポケットから一枚のコインを渡してきた。

「これはお別れの印です。是非もらってください」

「でもこれはピエロさんの商売道具じゃ……」

「いいんです。高価なものでもないので」

 そう言って、初めてピエロさんは声に出してフフッと笑った。それから人差し指を立てて訊いてきた。

「最後に一つだけ訊かせてもらっても良いかな、アルカナちゃん」

「なに?」

「もし先程の話の主人公のように三つの岐路に立った時、アルカナちゃんだったらどうする?」

 しばらく考えてからあたしは答えた。

「あたしは今の世界が大好きなの。辛いこともあるけれど、それもすべて経験。あたしにとっては大切に積み上げてきた栄養よ。あたしはまだ小さな蕾。いつか花咲かせるまでは、天国や地獄、ましてや生まれ変わるなんて考えられないわ。だから今のあたしなら、来た道を戻るわ」

 あたしの言葉にピエロさんは大きく拍手をした。しかし、相変わらずその表情は泣きながら笑っている。いや、もう泣いてなどいなかった。

「そうか、それは考えてなかったよ。ハハッ、僕はとんだピエロだな。それじゃ失礼するよ」

 立ち去るピエロさんの後ろ姿はもうピエロではなく、伝染する微笑みの持ち主のただのクラウンに生まれ変わっていた。
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