十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

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『洗濯する彼』

 気のせいかな。というのは、実に恐ろしい前触れなのだと、私は実感した。
 別に気にするほどでもない。初めは誰でもそう思うから、それが続くとサメの背びれがだんだんと近づいてくるような恐怖に似たものを感じてしまう。

 その日は早朝から仕事で、朝の家事全般を同棲していた彼に任せていた。ただ家には洗濯機が無いため、洗濯物は近所のコインランドリーでやるようにお願いしたのだ。
 私が仕事から帰ってくると、洗濯物はきれいにたたまれていた。几帳面な彼だ。お願いすれば最後まできちんとやってくれる。

 ただ、その洗濯物を自分の箪笥の中にしまう際、私は違和感を覚えたのだ。それが先に述べた気のせいに繋がる。

 それから数日後の休日、私がいつも通りコインランドリーにいた時のこと。

 その日のランドリーには、私以外人はいなかった。ただ、乾燥機が二台動いていた。物静かなランドリーに無機質な音がいやに響いている。私は洗濯物を空いている洗濯機に入れてスイッチを押した。

 壁に貼られた防犯の注意書きやクリーニング屋の宣伝チラシなどを眺めながら、洗濯が終わるまで時間を潰していると、慌てた様子の彼が現れた。

「ごめん。これも洗濯して欲しかったんだよね」

 彼は丸めた黒いTシャツ見せてきた。

「まだ洗ってるから入れていいよ」

 私がそう言うと、彼は安堵した表情で頷いた。それから彼はTシャツを洗濯機に入れ、ランドリー内をぐるぐるとうろつき始めた。
 気になった私は「どうしたの?」と聞くと、「いや別に」と曖昧な返事を彼はした。
 どこか怪しげな行動に、私はそんな彼をしばらく横目で観察していると、そわそわした様子の彼は、私に向かって言った。

「先に帰ってていいよ。洗濯物は僕が見てるから」

 まだまだやり残していた家事があったので、それはとても助かる。私は彼の好意に甘え、遠慮なく洗濯物を任せてランドリーを後にした。
 家に戻って部屋の掃除をしていると、近くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。ベランダの窓から覗いてもパトカー自体は見えない。事故でもあったのかと思っていると、ふと足下に女性物の下着が落ちているのに気づいた。拾い上げてみると、それは私の物ではなかった。

 まさか浮気?
 いや彼に限ってそんなことはない。彼は私を溺愛していた。ちょっと引くぐらい。だから彼が他の女性と浮気をするなんて考えられなかった。

 そしたら、他に考えられるのはコインランドリーで他の人の洗濯物と混ざってしまった可能性だ。極めて珍しいことだが、あり得ないこともない。

 その時ふと、ランドリー内にあった注意書きを思い出した。
 防犯の注意書き。まだ微かに聞こえるサイレンの音。下着泥棒の写真。サイレンの音。女性物の下着。サイレン。私の下着の違和感。サイ……。

「ただいま」

 彼が帰ってきた。

「ねえ……」

「ん? なに?」

「これって、誰の?」

 すると、彼は目を丸くして私の持っている下着を見た。口元に手をあてて目を泳がせる彼。「誰の」という問いは答えづらいか。訊き方を変えよう。

「これはどこで手に入れたの?」

 私が突きつけると、彼はベランダに落ちた洗濯物のように床に跪き頭を下げた。

「隠しててごめん。それ僕が買ったんだ」

「買った?」

「うん。君のを勝手に借りるのは、やっぱり気が引けてきて」

 どうやら私がサメだと思っていた背びれは、イルカのものだったみたいだ。
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