十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『太陽とアルカナ』

 ステンドグラスからこぼれる日差しは、まるで透明なカーテンのようだった。

 そんなカーテンに包まれながら聖母マリアに一人、アルカナは祈りを捧げていた。そこに女祭司がゆっくりと近づいてきた。

「アルカナちゃん、あなたにお客様がいらしたわ」

「あたしに……ですか?」

 すると教会の扉が開き、そこから見覚えのある顔が現れた。

「お久しぶりです。アルカナ様」

 そこに立っていたのはサンチェスだった。王国の遣いとして以前、アルカナの元に訪れてきた人物。

「久しぶりです、サンチェスさん」

 アルカナが挨拶をすると、サンチェスは深々と頭を下げた。その時、アルカナの視線の先、サンチェスが頭を下げたその向こう側に人影が見えた。

「初めましてっていうのは少し違うかしら」

 大きなピザ生地のような鍔のついた帽子をかぶった女性。一度会ったことがあるような口ぶりだが、思い出せずアルカナは首をかしげる。目深にかぶっていた帽子を女性が取ると、まるで彫刻で作られたかのような美しい顔が微笑んだ。

「……どうして、女王様がここに?」

「あなたとは、一度ちゃんとお話がしたくってね」

「ごめんなさいアルカナちゃん。本当は事前に伝えておこうかとも考えたんだけど、話すとあなたのことだから断ると思って」

 女祭司が謝る中、アルカナも首を横に振る。

「あたしは大丈夫です。そんなことより、女王様がわざわざ足を運んでくださるなんて」

 すると、女王様がサンチェスに何か合図を送り、サンチェスは深々とお辞儀をしてから女祭司を連れて教会の外へと出て行ってしまった。
 それから女王様は、バージンロードを歩くかのような足取りでアルカナに近づき、ふと何かに気づき足を止めた。

「それは何かしら?」

 その視線の先には一冊の本。それに気づいたアルカナはすぐに答える。

「これは、おば……祖母の日記です」

「おばあさまの……。ちょっと見せてもらっても?」

「はい。どうぞ」

 手渡した日記を、女王様は真剣な眼差しで見つめた。
 それからアルカナに対して女王様は優しく問うた。

「あなたが太陽を描く時、何色で描くかしら」

「太陽ですか。……赤、ですかね」

「それはあなたの心からの言葉ではないのでしょう。私や聖母の前で嘘は禁物ですよ」

「すみません。あたし、自分で見えないものは絵に描くことができないので。だから眩しすぎる太陽は、描いたことがないのです」

「それならこのおばあさまの日記にある『真っ白な太陽』って部分、あなたはどう感じた? 太陽の色が真っ白だと知って」

 女王様は何を言いたいのか。アルカナはその真意を確かめる前に、自分の意見を述べるべきと悟った。

「素直にそうなんだと思いましたけれど、それはおばあちゃんの喩えでもあるかもしれないとも同時に思いました。
太陽は何色にも染まる“白”であるべきなのだと。つまり、太陽という存在は、誰一人もそれを独占することはできないけれど、誰でも自分にとって唯一無二の存在にもなり得るということを」

「なら、質問を変えるわ。――あなたにとっての太陽は何色かしら?」

 その問いに、アルカナは躊躇なく答えた。

「真っ白です」

 すると女王様は微笑み、その美しい口元を動かしてアルカナの心に語りかけた。

「よかったわ。これからは、問題なく太陽を描けることでしょう。太陽の色が見えたのだから。それにこれであなたはまた、不思議な力を使えると思うわ。あなたにとってその力は、あなた自身の名前の由来でもあるのだから、それを失うことは名前まで失うことになってしまうのでしょう。――ね、アルカナ」

 ちょうどその時、教会の扉がゆっくりと開いてサンチェスが顔を出した。

「すみません女王様、そろそろお時間が」

「わかったわ。すぐに行くわ」と女王様が言葉を返すと、去り際にアルカナの耳元で女王様が囁いた。

「うちの王子があなたに迷惑をかけたみたいでごめんなさいね。あの子、父親に似てリベラルなの。許してあげてね」

 夢か現実か曖昧な時間はあっという間だった。女王様が去った教会には、気品漂う香りとともに、底知れぬ恍惚とした空気がさまよっていた。
 女祭司がアルカナの元に近づき、肩にそっと手を置く。アルカナは頷いて瞳を閉じた。

 それからアルカナは「あったよ。おばあちゃん」と小さく呟き、心の中で泣いて笑った。
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