十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『月とアルカナ』

「アルカナちゃん! 大変だ!!」

 静寂の包む町に悲鳴のような声がこだました。
 アルカナの家に、近所に住む男性が突然扉を叩いた。

「いったいどうしたんですか? そんなに慌てて」

 相手を落ち着かせようとアルカナが声をかけると、息を切らしながら男性は言った。

「君のおばあさんが、森に入ったきり戻らないんだ!」

 その言葉に、アルカナは一気に表情を青ざめさせた。

 最近、森で狼に襲われるという事件が多発していた。なので日が暮れてからの森への立ち入りは、国で禁止されていた。
 この日のお昼おばあちゃんは、森へキノコ狩りに出かけていた。これまでにも何度かおばあちゃんは森へ訪れている。道に迷うとは考えにくい。つまり、おばあちゃんの身に何かあったのだ。

 助けに行かなくては。

 アルカナはすぐに瞑想した。しかしいくら瞑想しても、おばあちゃんを見つけることができない。不安が溢れ出し気が動転していたアルカナは、普段の力が発揮されていなかった。

――落ち着いて。落ち着いて。
 そう自分に言い聞かせていたアルカナは、はっとあるものを思い出し、急いでテーブルの引き出しを開けた。そこからひとつの指輪を取り出す。それはおばあちゃんから預かった大切なエンゲージリングだった。

「……お願い」

 指輪を握りしめたアルカナは、祈るようにもう一度瞑想する。

「あるかなあるかなあるかな……」

 目頭に深い皺ができるほど強く目を閉じていたアルカナは、そのまま糸が切れたかのように倒れてしまった。


 気を失ったアルカナが、目を覚ました時にはベッドの上に横になっていた。

「おばあちゃんは?」

 誰もいない家の中で、アルカナの小さな声は宙に漂い虚しく消えた。
 窓の外を見ると、まだ空には大きな月が浮かんでいた。先ほどの男性はもういない。おばあちゃんを捜しに行ってくれたのだろうか。例えアルカナがおばあちゃんの居場所を見つけても、自分で捜しに行くのは危険だ。大人を頼るしかない。
 ただ、現状アルカナはおばあちゃんを見つけられていない。肝心な時に突然力が使えなくなる自分を、アルカナは酷く恨んだ。

 ふと、アルカナは自らの手のひらを確認する。握りしめていたはずの指輪がなくなっていた。慌てて部屋の中を見渡す。しかし、アルカナ位置から見渡した限りでは、指輪は見当たらなかった。
 心身ともに疲弊していたアルカナは、ふらつく足取りである部屋へと向かった。そこはおばあちゃんの部屋だった。

 普段はほとんど入ることはない部屋。ベッドと本棚、そしておばあちゃん愛用のロッキングチェア。とても質素な部屋だが、なぜか温もりを感じる。
 アルカナは何かに誘われるかのようにゆっくりと本棚の前に立つ。そして一冊の古本のようなものを手に取った。それは聖書ほどの厚さがあり、使い古されたような傷や日焼けの跡が所々に見受けられた。しかし、埃はかぶっていない。

 ページをめくると、そこにはおばあちゃんの文字で日々の出来事が、優しい言葉で綴られていた。

「……おばあちゃんの日記」

 アルカナの知らないおじいさんとの思い出、そして娘であるアルカナの母親との思い出、読み進めていくうちに自然とアルカナの瞳から涙がこぼれた。
 最後のほうになると、アルカナとの思い出が綴られていた。文末におばあちゃんの言葉で次のようにあった。

《瞳を閉じた世界は、真っ暗闇ではありません。夜は黄金色の月や星が輝き、昼には真っ白な太陽が微笑んでくれています。
私の大好きなアルカナは、瞳を閉じた世界で何を見ているのでしょうか。彼女はたくさんのものを見てきたと思います。私には想像できないくらい。でも、彼女には彼女が本当に見たいものを見て欲しいと願っています。
 アルカナは、もう十分なくらい見たくないものまで見てきたと思うのです。でも、それが彼女を成長させ、今では私よりも立派な女性になりました。ただ、まだまだ彼女の人生は長い。
 どうか女神様、アルカナの今後の人生、幸せなことを多く見つけられる瞳を彼女に与えてはいただけませんでしょうか。》

 ゆっくりと日記を閉じたアルカナは、いつのまにか顔を出していた朝日に目を細めて涙をぬぐった。
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