十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『悪魔とアルカナ』

アルカナは一人で協会に来ていた。

今日はミサの日ではない。教会に訪れた理由は、とある人物に呼び出されたからだった。
呼び出したのは女祭司ではない。いつの日か浜辺に指輪をなくした男だった。

「今日は何の用かしら」

アルカナは、一人聖母マリアに祈りを捧げる男に対して言った。

「実はちょっと相談したいことがありまして」

「相談? あたしはお悩み相談は受け付けてないわよ」

「そんな冷たいこと言わないでください。あなたには一度救われているのです」

救ったと言っても、指輪は海の底に沈み、戻ってきてはいなかったはず。

「実はこの間、彼女が体調を崩して倒れまして。何でも、遠く離れた母親の住む家でないと治らないっていうのです。それからもうずいぶんと時が経ちます。彼女とは全く連絡がつかなくて。彼女の母親の家もどこにあるかわからないし、もうどうしたら良いのか」

聞くとも言ってないのに、口から溢れ出すかのようにしゃべり出す男を、アルカナは呆れたように見つめていた。

「恋人の所在がはっきりしているなら、あたしが捜し出すまでもないわ。あなたはもっと恋人を信じてあげるべきよ。それに恋人の実家なら他の方法を使って調べることもできるでしょう」

何も言い返せない男は、下唇を噛みうつむいた。するとそこに、様子を見に来た女祭司が姿を現した。

「こんにちはアルカナちゃん」

「お邪魔してます祭司様」

「いいえ。あら、こちらのお方は?」

アルカナが事情を説明すると、女祭司はうんうんと頷きながら言った。

「そうね。確かに今回の件は、アルカナちゃんに頼らずとも解決できそうね。あなたの気持ちが強いのであれば、もう少し努力してみても良いのかもしれません。すぐに誰かの手を借りようというのもよくありませんし」

「ただ」と女祭司は、アルカナに向き直って続けた。

「アルカナちゃんには、この方の恋人が今どこにいらっしゃるのかを、捜してもらえないかしら?」

「え、どうしてですか?」

急なふりに思わず身を乗り出すアルカナに対して、女祭司はアルカナの耳元で囁いた。

「たとえ相手がどんな悪魔であっても、救いを求める者に救いの手を差し出さないわけにはいかないのですよ。ここではね」

ここはこの町唯一の教会。多くの人々が祈りを捧げに訪れる。その中には教会に救いを求めて訪れる者もいる。女祭司は、そのすべての人に対して救いの手を差し出してきた。
アルカナが今いる場所は教会。その教えに背くわけにもいかなかった。

「わかったわ」

そう言ってアルカナは瞑想する。その姿を見てなぜか男はアルカナに向かって祈りを捧げた。

瞑想の中、アルカナは確かに男の恋人を捜し出した。しかし、それがあまりにも意外な場所だったため、見つけたもののしばらく瞑想を続けた。
思っていたよりも長い瞑想に、側にいた男も不安げな表情でアルカナを見つめる。そして、アルカナはお決まりの「あったよ」という言葉を発せずに目を開けた。

「どうでした?」

女祭司の言葉に、アルカナは目線を合わせて強く頷いた。そして今度は男に向き直り、言葉を慎重に選ぶかのように言った。

「あなたの恋人は、とても苦しんでいるようね。でも、心配はないわ。母親の元で安静にしてるからね。ただ、もうしばらくは帰らないと思うわ」

「そうですか。でも、なぜ私ではいけないのでしょうか」

すると今度は女祭司が男に懇々と諭す。

「自分の胸に、手を当ててごらんなさい。私が思うに、あなたの恋人が体調を崩した原因は、あなたにあると思うよ」

「私に、ですか」

勘の鈍い男に対して、アルカナが少し強い口調で言った。

「無くした指輪を必死に捜していた時のあなたと、今のあなたはまるで違うわ。久しぶりに会ったとき、別人かとも思ったぐらいよ」

それから女祭司と男が向き合って話をした後、男は肩を落として教会を後にした。

用の済んだアルカナも家に帰ろうとすると、女祭司の隣に先ほどまでいなかった修道着を着た女性が、教会の入り口に一人立っているのが見えた。
見覚えのある顔だった。その女性が深々とお辞儀をしていたのを見て、アルカナは思わず手を振って答えた。
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