十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『節制とアルカナ』

ある日、アルカナは家で留守番をしていた。そんな時、玄関の扉をたたく音がして開けてみると、見覚えのある顔が立っていた。

「こんばんは、アルカナ様」

アルカナのことを“様”をつけて呼ぶ人はほとんどいない。彼はいつの日か子ども攫ったという疑惑を持たれた魔術師だ。

「何の御用かしら?」

すると魔術師は不気味に微笑む。

「御用というよりかは、少し私の手品を観てもらいたいのですが」

「構わないけど、あたしでいいのかしら?」

「ええ、むしろアルカナ様に観てもらいたいのです」

そう言うと、魔術師は上着のポケットから三枚のコインを取り出した。

「この三枚のコイン。今からこれを消してしまいます。アルカナ様にはそれがどこにいったのかを答えてもらいたいのです」

その言葉にアルカナは頷くわけでもなく、ただじっと魔術師の手元から視線を外さないようにしていた。

すると魔術師は三枚のコインを一度右手の拳の中に隠し、それを今度は左の掌にゆっくりと注ぐように移す。その刹那、空気を裂くような手の動きを見せ、気づいた時には両手の掌の上から三枚のコインが消えて無くなっていた。

「いかがですか」

得意げな表情で両手を広げてみせる魔術師に対して、アルカナは小さく溜め息を履いてから言った。

「そうね、答えるのもなんだか納得いかないところもあるけれど――右足の靴の中、首筋の襟元、そしてベルトの裏側ね」

「お見事です」

魔術師は指摘された場所から、三枚のコインをそれぞれ取り出してみせる。お互いの間に澱んだ空気が流れる。

先に口を開いたのはアルカナだった。

「……お見事ね。それは心からの言葉かしら」

「ええ、もちろん。全てのコインの在処を当てられるのは、アルカナ様の他にはいらっしゃいません」

「でも、あたしが当てたコインは初めから隠されていたものよ。あなたが最初に見せたコインは本当に消えてしまっているもの。捜しても見つけられないわ」

「それも含めての言葉です。アルカナ様のお力を少し試してみたかったもので」

「試す?」

「ええ、アルカナ様は恐らくそのお力はもう無意識に使ってらっしゃるのではないかと。先程のように瞑想することなく」

その言葉に、アルカナは大きく表情を変えることなく、ため息を吐くように言った。

「そうね。13を迎えた頃から瞑想するのは一種のパフォーマンスになっていたかもしれない。でもそれは、手品師の『種も仕掛けもございません』という常套句のようなものと一緒で、やったほうが格好がつくのよ。それがあたしの名前の由来でもあるから」

すると魔術師は頭に被っていたシルクハットを取り、自らの胸に当てそのまま頭を下げた。

「申し訳ございません。そのようなことをおっしゃっていただくためにお伺いしたわけではないのです。本当はお礼を申し上げたくて」

「お礼というのは、もしかして以前にあなたのお孫さんを捜した件かしら?」

「あ……はい、そうです。やはりお気づきでしたか」

「ええ、あなたとは初めてお目にかかった時から気になっていたので」

「まさに脱帽です。アルカナ様、あなたは本当に13歳なのですか」

その言葉に、アルカナはにっこりと微笑んで答えた。

「あなたこそ、80を越えた老人には見えませんよ。まして元王様になんて見えっこないわ」
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