十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

『鬼の居ぬ間に』

かの有名な鬼ヶ島。実はその島には、豊富な果実や透き通るよな川が流れているオアシスが存在するという噂がありました。
その噂を信じたとある老夫婦が、いつか訪れたいとその機会を虎視眈々と窺っていました。

するとある日、鬼ヶ島に住む鬼たちが長期間の旅行に出かけていきました。老夫婦はこの機会を逃しません。早速身支度を調え、鬼ヶ島に向かいます。

普段、鬼ヶ島に人が入ることはほとんどありません。なので、この老夫婦が初めてでした。

鬼ヶ島に足を踏み入れてからしばらく歩くと、すぐに噂のオアシスが見えてきました。するとおじいさんは用意してきた籠に果実を、おばあさんは持ってきた桶に川の水を汲み取り始めました。

二人が十分過ぎるほどの収穫を得た頃、二人以外誰もいないはずの島にドスドス足音が聞こえてきました。人のものではないことはすぐにわかります。見ると若い鬼が一人で島に戻ってきていました。

「あ~、やっぱり旅行なんかよりこの島でのんびりするほうが気が楽でいいや」

どうやらこの鬼は、一人旅行を抜け出して一足先早く帰ってきたようです。

老夫婦は急いで身を隠し、島から逃げ出す隙を窺います。しかしその鬼はちょうど出入り口付近に腰を下ろし、ちっとも動こうとしませんでした。

「どうしたのもかね、ばあさんや」

「そうだね、やつが鼻提灯でも見せてくれさえすれば、その横を忍び足で抜けられるんじゃが」

老夫婦は、鬼が疲れて寝てしまうのを息を潜めて待つことにしました。

しばらくすると、思惑通り鬼はいびきをかいて居眠りを始めました。

「今じゃ!」

おばあさんのかけ声とともに老夫婦は飛び出し、鬼の横を通り過ぎます。

「あっ」

と声を上げたのはおばあさん。おじいさんが振り返ると、おばあさんが躓いて抱えていた川の水を鬼にかけてしまっていました。

当然鬼は目を覚ましてしまいます。とっさにおじいさんは、持っていた果実を鬼に向かって投げつけました。

「鬼は外ぉー!」

果実はゆっくりと弧を描いて寝ぼけ眼の鬼に命中しました。

すると鬼は、怒るわけでもなく、諭すように言いました。

「あーあ、服が汚れちまった。洗濯しなきゃな」
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