十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

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『トナカイになった彼』

リビングでくつろいでいると、玄関の向こう側から彼の帰ってくる物音がした。

外は寒かろう。今日は雪が降るかもしれないと天気予報が出ていた。

身体が芯から温まるものを食べさせてあげようと思い、ショウガのスープを作っておいた。部屋の暖房もつけ、炬燵の準備も万端だ。

「ただいま」

「おかえり。寒かったでしょ」

「もう凍っちゃいそうだよ。ああ、あったかい」

寒さのせいか、彼の鼻の頭が赤く染まっていた。

「炬燵に入ってちょっと待ってて、今スープ作ったから」

「え、本当! いやあ流石、嬉しいな」

何事も純粋に喜んでくれる彼は、たかがスープでさえ心から喜んでくれる。私の料理の出来に関係なく、すでに用意してあるというところに満足しているのだろう。

今日はお互いにプレゼントを持ち寄ろうと事前に準備していた。彼は仕事帰りに、私は彼が仕事に行っている間に、お互いが喜ぶようなプレゼントを買ってきていた。

炬燵の上に二人分のスープが運ばれると、さっそく彼が鞄の中から、プレゼント用の包装に包まれた箱を見せてきた。

「じゃーん。どう?」

「どうって、まだ見てないよ」

「じゃあほら、見てみてよ。絶対気に入ると思うから」

箱を開けると、真っ赤なブレスレットが入っていた。赤色は私の好きな色だった。

「本当、かわいいね」

心から私はそう思った。好きな色の赤。細身の私の腕には丁度いい大きさのブレスレット。どこかのブランドものかしら。内側には細かい英字で文字が刻まれていた。

「それじゃ、次は私から」

私が彼のために用意していたプレゼントは二つある。ひとつは前から彼が欲しがっていた財布。少し高かったものだったが、彼のために奮発した。そしてもうひとつ。これは彼からもらったものだといっても間違ってはない。使用済みの妊娠検査薬。これを見せれば、彼も心から喜ぶに違いない。

私は先に財布を彼に見せた。

「うおっ! これ欲しかったやつじゃん。ありがとう!」

やはり彼は無邪気に微笑んだ。どことなく少年のような彼のことを、私は愛していた。

「実はね、もうひとつプレゼントがあるの」

そう言うと、彼は「なになに」と興味を示してきた。私はここぞとばかりに妊娠検査薬を彼の目の前につき出して見せた。

「私たちの子どもよ。最高のプレゼント、サンタさんからもらっちゃった」

彼は一瞬、私の言葉を理解するのに時間がかかっていたようだったが、少しするとすぐに全てを理解し満面の笑顔になった。

「うそ! やった! 最高だよ、ありがとうサンタさん。これ以上ないプレゼントだ」

私たちはその場ですぐに抱き合った。互いの愛を確かめるために。すると、彼は私の耳元で囁いた。

「ねえ、子どもの名前は“あかね”っていうのはどうかな? 君の好きな“朱”に“音”と書いて“朱音”。悪くないと思うけど」

「まだ早くないかしら。だってまだ男の子か女の子かもわからないでしょ」

「構わないさ。事前に準備しておくことは大切だよ。何事に置いてもね。サンタがプレゼントを用意している間に、よい子の家までの道を事前に把握しておかなくちゃいけないトナカイのようにね。――今回だって僕はもう、いざというときのために色々と準備してきたんだから」

そう言うと彼は、先程私にプレゼントしてくれたブレスレットの内側の文字を指さしていった。

「ここには僕と君の名前、そして“あかね”って書いてあるんだよ」

彼は急な出来事には本当に弱い。事前の準備を大切にする。彼がいつ私の妊娠を知ったのか、少し怖くなって訊くのはやめておいた。
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