十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2017年04月の記事

『おかしな家』

 これは、初めて友達の家に遊びに行った時の話である。

 彼女の名前は『あめ』と言い、みんなから『あめちゃん』という愛称で呼ばれていた。だから、私も彼女のことは『アメちゃん』と呼んでいたのだが、今後は軽々しく、その愛称では呼べないだろう。

 あめの家は、住宅街から少し離れた場所にあり、家の周りは高い木々で囲まれ、まるでわざと見つからないように隠して建てたかのようだった。

「夢の国みたいでしょ」とあめは微笑んだが、私には不気味にも感じていた。

 まだ昼間だったから良かったものの、もし夜に遊びに行ったら、家の周りに街灯はなく、あめの住む家の窓から見える光だけしかなくなる。外から見たら、さぞ妖しい雰囲気になるだろうと想像したからだ。

 ただ、家の外観はとても綺麗で、不気味さは感じなかったが、同時に夢の国のような好奇心も沸いてはこなかった。それでも、あめは私に見せたいものがあるか何かで、とても気分が高まってるご様子。

 家の中に入った瞬間、ハチミツとキャラメルを混ぜ合わせたような香りが鼻を襲った。

「すごい…」

 思わず私がそう言葉を漏らすと、あめはニコッと悪戯に微笑む。そしてリビングに私を案内して、椅子に座って待つように言った。

 しばらくすると、キッチンの方からあめが大きな鍋を持ってきた。もうその時点で、その中身がとてもとても甘いもので作られた“何か”と言うことは、その鍋から漂う香りで容易に判断できた。

「さあ、召し上がれ!」

 オレンジ、いやパープル? もうその色を判断する色相の知識が私には無かった。それに甘い香りは、脳髄を溶かしてしまいそうなくらいにきつい。

 器に盛られた“何か”は、まるで生きてるかのように、私に訴えかけてくる。「食べちゃダメ」って。

「ごめん、ちょっとお手洗い借りても良い」

 少し考える時間がほしかった。この場をどう逃げ切るかを。

 家の中に入ってしまった時点で、そう簡単にあめも私を逃がしてはくれない。それでもあの“何か”を口にすることだけは、避けたかった。いや避けなければ命に関わるかもしれなかったのだ。

 教えてもらったトイレに向かう間、いくつかの部屋の前を通った。どの部屋からも甘い香りが漂い、しかも全て種類の違う香り、この家はお菓子で作られているのかと疑いたくなるくらいだ。
 そしてトイレの中に入った私はまず、携帯電話を取りだしたが、案の定圏外。トイレに備え付けの窓はなく密閉されている。ここまで来る間の廊下にも窓硝子のようなものは見つからなかったので、恐らくこの家の出入り口は玄関のひとつだけ。それを悟った時の絶望感は、今でも脳裏に焼き付いている。

 何一つ良案が思い浮かばないまま、私は時間の限界を感じ再びリビングに戻った。

 すると、先程まであった“何か”とあめの姿が綺麗に無くなっていた。あめの名前も呼ぶも、返事がない。不思議に感じつつも、今が最大のチャンスと思い、私はすぐに玄関へと向かった。

 扉を開け外に出ると、いつの間にか雨が降っていた。

 だけど、おかしい。

 空を見上げれば、オレンジ色の夕日も差していた。その光に反射して降る雨粒は、まるでべっこう飴のような色をしていた。

 唇に触れたその雨粒を舐めてみると、気のせいかもしれないが、ほんのり甘さを感じた記憶がある。

 私はその日以降、約20年間、あめを見ていない。彼女はいったいどこに行ってしまったのだろうか。そしてあのおかしな家は、まだあそこにあるのだろうか。

 でも、もう二度と、甘い香りに誘われないと、私は誓っていた。
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『仰向けのカメ』

 釣りをしようと青年が浜辺に向かった時の話です。

 ふと海岸沿いに目をやると、小ぶりな岩が不自然な場所に転がっているのを青年は見つけました。
 その岩に近づくと、どうやらそれは岩ではなく、一匹のカメでした。しかもそのカメは、仰向けになっていたのです。
 もしかしてと、恐る恐る青年が近づくとカメが言葉を発しました。

「余計なお世話だよ」

 岩がしゃべったような低い声でした。

「すみません」

 思わず謝った青年は、カメのひっくり返った顔をのぞき込みながら聞きました。

「何かあったんですか?」

「あんたには関係ない」

 そう一蹴されると、流石の青年も言葉を返せません。

 カメはいったいどうして、このような状態でいるのでしょうか。青年は考えました。

 カメは自分の力だけでは、仰向けになることはできません。何か別の力が加わったことは間違いありませんでした。しかし、カメの周囲には現在青年しかいません。そうなると考えられるのが、海の波にさらわれひっくり返ってしまったか、あるいは誰かの手によってひっくり返されてしまったのか。

 青年は後者の可能性を考えました。もうすでに、辺りに人影はありませんでしたが、このカメはいたずらっ子の手によってひっくり返されてしまった。しかしカメもプライドが高く、「助けてほしい」と言えないでいるのだろうと。

 このプライドの高いカメをどうしたら救ってあげられるか、青年は知恵を絞りました。

「カメさんの、甲羅って重そうですよね」

「……それが、何だって言うんだ。人間のあんたなんかにわかってたまるか」

「だから今、休憩されているんじゃないんですか?」

 ふんっと鼻を鳴らすカメ。どうやら青年の考えていることで間違っていないようです。ただ、青年が色々と考えを巡らせ、カメが元通りになるためのきっかけを作ってあげようとしたのですが、カメは頑なに仰向けの状態から動こうとはしませんでした。

 そこで青年は、はっきりとカメに対して苦言を呈することにしました。

「そこまで意固地にならなくたって良いじゃないですか。確かに悪いのは僕ら人間かもしれません。でも人間の中には良い人だっている。困った時はお互い様ですよ。それに僕は見返りなんて求めませんし、ただあなたを助けたいって――」

 するとその瞬間、いつの間にか満ちてきていた海の小波にカメは襲われ、その勢いとともに、くるんとカードがめくれるように元に戻りました。

「カメだからと言ってのろまだとか、一匹じゃ何もできないとか、いじめられているんじゃないだとか。人は見た目だけで早計に判断しすぎだ。もっと物事の本質を見極められる力を身につけてから、『助けたい』と口にするべきだ」

 そう言い残して去って行くカメの甲羅は、それはとてもとても綺麗なものでした。
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