十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2017年01月の記事

『靄々傘』

「ありがとうございましたー」

 最悪だ。

 濁った水溜まりを飛び越えようとするも、失敗して靴がびしょびしょになった気分だ。

 これはコンビニでちょっと気になった雑誌を立ち読みしていた罰、なのか。

 コンビニの出入り口付近にある傘立て。そこに刺さっている傘は現在3本。1本は、ちょっと高そうな黒光りした傘。他の2本は、このコンビニでも売っていそうなビニール傘だ。しかし、その3本とも自分が持ってきた傘ではなかった。

 外は車軸を下したような雨。ついさっきまでは、まだギリギリ走って帰れば平気な程度だったのに。

 俺はふと、首を回して店内を見回す。

 レジ中の店員を除いて、店内に人は5人。スーツを着た中年の男性。若いカップル。そして母と子の親子。駐車場のないコンビニのため、残りの3本の傘は、この3組の物と考えて間違いないだろう。

 そして俺は思い出した。自分がレジに並ぶ前、若い学生風の男が会計を済ませていたことを。男の手に傘はなく、上着肩口が濡れていた。恐らく彼は、ここに来る際に雨に濡れながら入り、そして帰る際に俺の傘を差して出て行ったのだ。

 まあ、傘を差して行ったというのは憶測に過ぎない。傘を盗まれたからといって、警察に連絡しお店の防犯カメラを見せてもらい、犯人を指名手配するということまでの行動力は、俺にはなかった。

 ただ、なぜかあの学生と同じような行動を、やってしまいそうになっている自分がいた。

 正しいことは憂鬱なのに、悪いことは躊躇いもなくやってしまいそうになる。

 泣き寝入りは最善の行動なのか。罪を背負うことは、それほど重石になるのだろうか。

 こんなことで葛藤するなんて、数分前の自分は想像もしてなかっただろう。

 すると、コンビニの扉が開き先程のカップル、それに続いて母と子の親子が店を後にした。予想通り、その二組はビニール傘を差して足早に雨の中へと姿を消した。

 残る傘はあと1本。しかも簡単に触れることさえ許されないような代物。こうなってしまうと、選択肢は限られてくる。俺は渋々店内に戻ろう身体の向きを変えると、目の前にスーツを着た中年の男性が立っていた。

「一緒に入っていくかい?」

 その屈託のない笑顔に、一瞬心奪われそうになった。

 この人なら、俺の心に溜まった濁った水を、浄水器にかけて透き通ったものにしてくれるだろう。

 雨の中を傘を差して歩くその男性の後ろ姿は、とても幸せに満ち足りているように見えた。
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『明けましての彼』

「おはよう」

 新年早々、私に目覚めの笑顔を見せてくれた彼。

 私にとって彼は、心を明るく照らすお日様のよう。

 何がいいかって、このくしゃっとなる笑顔だ。寝坊助の私をいつも笑顔で起こしてくれる。

「はい、コーヒー。そうだ、今日はご飯にする? それともトースト?」

 毎日朝食を準備してくれて、片付けや部屋の掃除、ありとあらゆる家事を全てこなしてくれる彼。私にはもったいないくらいだ。

「いつもの神社、やっぱり混んでるかな?」

 食卓に座りコーヒーの香りに酔いしれている私に、キッチンの向こうから彼は笑顔でそう言った。「そうかもね」と私も笑顔で答える。

 彼と一緒だったら何でもいい。そんな風に思わせてくれる。今の私は何不自由ない充実した生活を送っていた。これを世間では“リア充”と呼ぶのだろうか。しかし、それは意味を持たないただの言葉の暴力。嫉妬から生まれた虚勢。私は、その言葉をぶつけてくる人たちに言いたい。――ざまーみろって。

 私が彼のことを友人たちに話すと、「そんな彼氏いるわけない」とか「絵に描いたような理想的な彼は、どこで見つけたの?」とか色々聞いてくる。
 残念ながら、彼は実際に私の目の前にいる。そして彼は見つけたのではなく、作ったのだ。
 作ったと言っても、彼はロボットだったり、私の妄想の中の人物という訳でもない。実際に実在する本物の人間。

 出会った時の彼は、今の彼とは違った。私は彼を理想的な彼氏として、作り上げたのだ。

 どうやって作ったかって?

 あまり詳しくは言えないけど、ヒントは彼の心を奪うこと。脅迫したり服従させるような真似はしてはいけない。彼の心を少しずつ、でも確実に奪っていく。

「あ、これ言い忘れてたね。明けましておめでとう。これからもよろしくね」

 彼と出会って40年。彼の心を奪うのに明け暮れた毎日だった。
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