十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2016年11月の記事

レビュー『愚者のエンドロール』

 今回紹介するのは、米澤穂信著『愚者のエンドロール』です。


高校1年目の夏休みの終盤、古典部の面々は、2年F組の生徒が文化祭の出展に向けて自主制作したというミステリー映画の試写会へと招かれる。しかしその映画は、脚本家の体調不良で話が進まなくなってしまったことで、事件の結末が描かれないまま尻切れトンボで終っていた。

古典部は2年F組の入須冬実から、映画の犯人役を探し当てる「探偵役」を依頼される。映画の結末が気になるえるの一言で、古典部はオブザーバーとして、2年F組から志願した3人の「探偵役」の推理を検証していくことになる。最初は乗り気ではなかった奉太郎だが、入須に自身の資質を認められ本格的に推理に乗り出した。しかし推理の末に奉太郎は、映画の犯人探しに隠された本当の狙いに気付いていく。――Wikipediaより引用



 あらすじをWikipediaから引用しましたが、Wikipediaには結末が書かれているので、未読の方は要注意です。

 さて、私がこの作品を紹介する理由と致しましては、ミステリー要素満載だからです!
 元々この作品は「古典部」シリーズの第二作目として出版されております。折木奉太郎が主人公であり物語の探偵役。それは前作の『氷菓』によって多くの読者が認知していました。それを囲むのが個性豊かな古典部員。福部里志、千反田える、伊原摩耶花の三人。このメンバーで様々な謎に立ち向かっていました。
 この作品では、奉太郎はオブザバーとして先輩の探偵役志願者の話を聞いていく展開ですが、この部分がアントニイ・バークリー著毒入りチョコレート事件【新版】 (創元推理文庫)という作品をモチーフされております。ひとつの事件に関して、複数の探偵が推論を出し合い、事件を解決していくという筋立てです。
 また他にも、サブタイトルにある“Why did't she ask EBA?”(なぜ江波に頼まなかったのか?)は、アガサクリスティー著なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)のモチーフになっております。
 さらに言えばホームズなどもキーアイテムになっておりますし、探せばもっとミステリー要素を取り込んだ作品となっているのでしょう。
 ここまで様々な名前や作品のタイトルを出しといて言うのも恐縮なのですが、オススメしたいのはミステリーが苦手あるいは初心者の方です。とにかく読みやすいこと、一作品でミステリーを十分楽しめること、そして読書を好きになる。私がそうなったというのと同じで。
 未読の方には申し訳ありませんが、ここでひとつ物語の中にある台詞で私が好きな言葉を書かせていただきます。

「別にいいじゃない。鍵くらい」

 この言葉、創作している私自身も衝撃を受けました。鍵なんてどうでもいい。そういうことなんです。これは物語を読めばわかりますが、肝に銘じておきます。

 この作品の前作『氷菓』は、すでにアニメ化、漫画化されております。そして映画化もされるようですね。できれば個人的には、この『愚者のエンドロール』の物語を扱ってほしい気持ちもありますが、どうなるにせよ楽しみではあります。
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レビュー『アンドロイドは電気羊の夢をみるか?』

 今回紹介する小説は、フィリップ・K・ディック著『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。




 アンドロイドと聞くと、携帯型端末スマートフォンを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし本来は、人間型ロボットという意味なのです。
 この物語のテーマとして、「アンドロイドと人間の違いは何か」というのがあります。現代において科学技術の発展は目を見張るものがありますが、まるでそれを予知していたかのような物語をこの本は示しているのです。(1969年刊行)

 物語は人間でアンドロイドを破壊するハンターのリックと、人間そっくりなアンドロイドのイジドアの二つの視点で進みます。舞台は核戦争後の地球。火星に多くの人間が移り住み、地球には動植物のほとんどが存在しない世界。そこで人間はアンドロイドを作り、それを奴隷ように従わせ火星で暮らしていました。しかし、アンドロイドたちは自由を求め地球に逃げていくのでした。
 また、この世界では本物そっくりの電気動物が多く存在しており、本物の動物は希少でとても高値で取引されていました。そこで主人公のリックは唯一持っていた電気羊ではなく本物の羊欲しさに、ハンターそしてアンドロイドの破壊という仕事を始めるのです。
 ハンターが人とアンドロイドを見分ける方法として、「感情移入度検査」を行っていました。これはある質問をして、その回答が人間的であるかどうかを判断するものです。要は何かに対して“共感”できるかできないかで、人間かアンドロイドかを判断するものでした。
 ハンターのリックはアンドロイドを探す中、人間味のあるアンドロイドや自分を人間だと信じているアンドロイドに出会います。そこで悩むのです。アンドロイドに共感してしまうと、破壊することができなくなってしまうこと。また、人間そっくりなアンドロイドを躊躇無く破壊している自分もアンドロイドではないかと
 
 このリックの悩みは最終的に読者へと向けられます。それはアンドロイドであるイジドアの視点で、人間から逃れる生活を描いているからです。
 人間とアンドロイドの違いは何なのか。その回答は科学技術の発展とともに難しくなっていきます。いずれ、アンドロイドが人間のように電気羊が欲しいと悩みだす日が来るかもしれません。そんな時、どうのようにして人間とアンドロイドを区別するのか。この物語を読んで、ぜひ一度考えてみてはいかがでしょうか。
 
 これは、現在を知り未来を語る物語。いつかアンドロイドも夢を見る日が来るかもしれない。その時のために。

 この小説は、タイトル『ブレード・ランナー』として1982年に映画化されています。さらにその続編も2017年に公開する予定となっております。

レビュー 『向日葵の咲かない夏』

 さて、今月に入りまして当ブログ「十文字掌編小説ぶろぐ」は丸3年が経ちました。
 毎年それを記念して様々な記事を書いてきましたが、3年経った今回は私がオススメする小説を紹介したいと思います。紹介ですので、あらすじに私なりのレビューを書かせていただきます。
 以前にも似たような記事は書きましたが、今回は物語の内容にも触れネタバレ無しで、ぜひ皆さんに読んでいただきたい小説をご紹介します。あくまでも未読の方に向けて、参考程度に、です。

『向日葵の咲かない夏』 道尾秀介
向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)
(2008/07/29)
道尾 秀介

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一学期の終業式の日、欠席したS君にプリントを届けるためにS君の家を訪れたミチオ。声をかけても応答がなく、中に入ってみると、きい、きいとおかしな音がした。S君はいた、自分を見下ろして。呼んでも返事がなく、よく見ると、S君の首はロープに繋がっており、足は地に着いていなかった。S君は首を吊って死んでいたのだ。

急いで学校に戻り、担任の岩村先生に伝え、ミチオは一旦家に帰される。その後、岩村先生と2人の刑事が家に来るが、ミチオにもたらされたのは、“Sの死体なんてなかった”という知らせだった。「嘘じゃない、確かにS君の死体を見た」と懸命に主張し、結局行方不明事件として捜査されることとなった。

それから1週間後、ミチオの前にS君があるものに姿を変えて現れ、“自分は殺されたんだ”と訴える。ミチオは妹のミカと共に、S君を殺した犯人を探すこととなる。――Wikipediaより引用




 まず、道尾秀介という作家についての私なりの解釈は、ミスリードの天才。そして物語の解釈を読者に委ねる。というのがあります。
 前記は初期の作品に多く見られ、この作品の他に、『片目の猿』『カラスの親指』なども、上手く読者を騙してきます。私もまんまと足をすくわれました。後記に至っては作品全般に見られ、よく文庫化した際の解説に道尾秀介氏自身もそれを読み、楽しんでいるように思えました。
 そしてこの『向日葵の咲かない夏』は、その二つの要素が最大限に活用されている物語と言って良いでしょう。
 あらすじを読んで、多くの方の目が止まるであろう箇所は文末の、「“自分は殺されたんだ”と訴える」という部分でしょうか。前半部分を単純に解釈すると、主人公のミチオがS君の自殺した死体を見つけ報告するが、先生や刑事が駆けつけた時には死体が消えてしまい、そのなぞを解き明かしていく。ちょっとした少年探偵物語のようにも思えます。
 しかし、実際は全く違います。さらに言えば、道尾秀介氏を名前だけ知っているという人は、おそらくミステリー作家と捉えている人が多いと思いますが、それもまた違います。
 ミステリーの概念という部分まで手をつけてしまうと話が長くなってしまいますので、ここでは割愛。一般的にミステリーの捉えたかとして、探偵が事件の謎を解く(あるいはそれに類似する役割を持った人物が行動する)物語だと思います。ならばこの物語も死体が消えその謎を解くという構図に当てはまると思えますが、例えそう思って読み進めていってしまうと、多くの方が裏切られます。しかも悪い意味で。そして読んでいた本を投げ出したくなるやもしれません。
 だから私から言っておきます。決してこの物語を単純なミステリー小説だと思って読まないでいただきたい。特にミステリー好きの方々には。
 正直、この物語は内容だけ見るとミステリーというよりホラーです。その辺り、読み進めていく際はご注意ください。
 私がこの作品で感銘を受けたのは巧みな伏線の数々でした。伏線というのはミステリーに限らず恋愛小説などにも用いられる技法です。しかし、ここまで見事に張られた伏線にミスリードされてしまう。まさに自分の目を疑います。
 道尾秀介氏は常々「小説にしかできないこと」を掲げて創作しています。この作品はまさにそれを体現していると言って良いでしょう。

 少年ミチオが体験するひと夏の物語。ひとつだけ咲かない向日葵。あなたは生まれ変わりを信じますか?

 最後に、『向日葵の咲かない夏』について補足をします。
 この作品はオリコン2009年、年間文庫本総合部門において最も売れた本として100万部を越えるベスセラーになっております。
 是非皆さん、このミステリーの概念を壊すような物語を、読んでみてはいかがでしょうか。
 ――では、よい読書日和を。
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