十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2016年09月の記事

『夢を食べる彼』

 彼の言葉は具現化する。

 そんな彼との初めての出会いは、学校の教室。隣の席だった彼が私に声をかけてきたのが最初だった。私たちは互いに一目惚れ。出会ってから付き合うまでの時間は、ほとんどなかったように覚えている。
 彼は夢を語る癖があった。私との会話はほとんどが彼の夢の話。

「俺は将来、社長になってお金をたくさん稼ぐ」とか、「子供は野球チームが作れるくらい欲しい」とか、「年寄りになっても奥さんとキスしていたい」とか。

 私はそれを笑って聞いていた。当時はまだ高校生。少し先を見すぎだよと、冗談交じりに答えていた。そんな中、私はいつしか彼を応援したい気持ちでいっぱいになっていた。彼の夢は私の夢にもなっていたのだ。
 それから彼は高校を卒業してからも、真面目に努力を積み重ね、30歳を手前に起業し社長となった。これで夢をひとつ叶えたことになる。私はそのことを彼に言うと、彼は首を振った。

「いや、まだだよ。これからお金を稼がなきゃならないだろ。まだ夢の途中さ」

 彼の努力は本物だ。私の見ていないところでも、必死に努力している。

 そんな彼に触発されて、私は密かにある夢を抱きはじめていた。それはデザイナー。美大に通っていたのも、元々絵を描くのが好きだった理由でもある。彼にはまだ何も話してはいないが、事務員として働きながらも絵を描く練習はしていたのだ。
 話せばわかってもらえる。私のそんな甘い考えは、彼の言葉で一蹴された。

「君は僕を一生支えてくれればいい。それ以上は望まないよ」

 彼なりの優しさなのかもしれない。でも余計、言い出しづらくなってしまった。それでも勇気を振り絞って言ってみた。

「あの、私、デザイナーになりたいなあって……」

「デザイナー? なんだいそれは。君の夢は、僕を支えることだろ。冗談はよしてくれ」

 だめ。もっとはっきりしないと彼はわかってくれない。私の熱意を伝えないと。
 しかし、微笑みながら話す彼の次の言葉で、私の夢は彼に食べられてしまった。

「今、君が体験している世界は僕の夢の中だ。だから君は僕の思い通りに生きてくれなきゃ」

 私が思い描いていた夢は、儚くも彼の言葉によっておいしく消化されてしまった。
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『お金をくわえた犬』

 とある旧市街のバザールで、手作りのアクセサリーを販売していた一人の婦人がいました。閑古鳥が鳴く婦人のお店はとても質素で、置いてあるアクセサリーも、どこかその本来の輝きを失っているようでした。
 そんなある日、その婦人のお店に一匹の老いた犬がやってきました。見ると犬の口には煤汚れた袋がくわえられています。婦人は恐る恐るその袋の中を確認すると、現金が入っていました。

「あらまあ、これはどうしたの?」

 婦人の問いかけに、犬が答えるはずがありません。しかしその犬は、婦人を見つめ何かを求めているようでした。もしかしたらと、婦人はその現金に見合った価格のアクセサリーをひとつ、袋の中に入れてあげました。すると、犬はその袋をくわえ、どこかへ行ってしまったのでした。

 それから数日後、再び袋をくわえた犬が婦人の前に現れました。婦人が袋を受け取ると、前回よりも少し多い金額の現金が入っていました。婦人はその現金に似合った価格のアクセサリーを入れて犬に渡しました。

 そんなやり取りが何度か繰り返さる度、婦人は一抹の不安を抱きはじめていました。それは、日に日に袋の中に入っている現金が増えていたからです。
 最初は小さなイヤリング。ブレスレット、そしてネックレス。商品が売れていくことは有り難いのです。しかし少しずつ増えていく現金。いつかその現金に見合ったアクセサリーがなくなってしまうことは、わかっています。その時、何を袋の中に入れてあげればいいのか、婦人は悩みました。

 そしてその日は訪れます。婦人は悩んだあげく、お店で売っている一番高価な指輪とともに一通の手紙を添えて、犬がくわえる袋の中に入れました。この犬の飼い主に読んでもらうためです。恐らくこの犬の飼い主は、アクセサリーを買いたいけれど、自由に外を歩けない状況なのでしょう。なので飼い犬にお使いを頼んだと、婦人は判断しました。
 手紙の内容は謝罪文と、どうして自分のアクセサリーを買ってくれるのかという素朴な疑問を投げかけたものでした。

 するとその翌日、その犬が婦人の前に姿を現しました。しかし、犬がくわえていた袋の中には何も入っていません。婦人はどうしたものかと悩んでいると、どこからともなく低い声が聞こえてきました。

「その首輪はいくらだ?」

「はい?」

 よく聞くと、その声は目の前の犬のものでした。とてもはっきりした声です。婦人は驚きながらも、その言葉に答えます。

「これは……廉価なんです。他の物のほうが良いかと」

「ものの価値は自分で決めるもんじゃあない。価値はそれを求める者が決めるべきだ」

「しかし、これはもう長いこと売れずに残っている物なので、まさかこれを欲しがる方がいらっしゃるとは。でも、どうしてこれを?」

「俺たちの社会じゃ、アクセサリーは高く売れる。皆、アクセサリーをつけたがるんだ。着飾って人間に気に入ってもらえるようにな。特に首輪は高級だ。お前ら人間に、その価値はわからないだろう」

「それなら、これは差し上げます」

「いや、曲がりなりにも俺も商売を生業にしている身。ただで譲り受ける訳にもいかない。明日また出直してくる」

 そして翌日、その犬は袋の中にお金を入れて持ってきました。その額は、今までで一番大きな額でした。さすがにそんなにお金は受け取れないと婦人は断るも、犬は言いました。

「人間は物の対価として金を望む動物だろ。俺はこのアクセサリーを食べ物の対価としていただいている。俺みたいな老いた犬は、着飾ったところで誰も養ってはくれない。だから、まだ若い犬たちにくれてやるのさ」

 渋々お金を受け取った婦人は、空いた袋の中に首輪を入れました。そして、ひと言添えます。

「ねえ、ひと言言わせてもらうけど、私たち人間もお金が全てってわけじゃないのよ」

「それじゃ、他に何を求める」

「愛情よ」

「綺麗事だな」

「いいえ、そうじゃない。だってあなたはすでに受け取っているわ。私の愛情を」

 婦人はそう言って、犬を優しく抱きしめます。すると犬は言いました。

「俺はもう長くない。小汚い俺の面倒なんかみる意味は無いぞ」

「あら、あなたの価値は私が決めていいんでしょ?」

 それ以降、犬は言葉を話すことはありませんでした。しかし犬は婦人の傍に寄り添い、そのおかげかどうかわかりませんが、婦人の店は以前より潤ったそうです。

『硝子の中の女神様』

 たとえば、彼女が神様だったとしよう。
 彼女は僕にひとつだけ願いを叶えてくれると言った。
 僕はもちろん、彼女と幸せになりたいと願った。
 でも、彼女はその願いを叶えてはくれなかった。
 理由は、神様は誰のものでもないからだって。

 それなら、僕が神様だったとしよう。
 僕は自分が叶えたい願いを、自分で叶えようとした。
 しかし彼女には、僕の願いが届かなかった。
 理由は、彼女は神様の存在を信じていなかったからだって。

 だったら、神様は他の誰かということにしよう。
 僕は「神様なんて信じない」と彼女に言った。
 彼女は「じゃ、誰に願いを叶えてもらうの?」と聞いてきた。
 僕は頭を振って、彼女の言葉に爪を立てたんだ。

「自分で叶える」って。

 すると彼女は泣いた。
 その泣き声は、いつまでも続いた。何千里も先の丘まで聞こえているんじゃないかってぐらい。僕は泣かせるつもりで言ったんじゃない。でも、本気だった。それでも彼女は子供のように泣く。泣きたいのは僕のほうなのに。

 そして彼女は僕の前から姿を消した。

 僕にとって、彼女は神様だ。彼女は今、硝子の中に入っている。僕はその神様の前で、願うのではなく、感謝を伝える。

「ありがとう。ママ」って。
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