十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2016年07月の記事

『のっぺらぼうず』

 私が受け持つクラスには、ひとつだけ空いている席があった。
 初めは単なる余りの席。前任の教師が片付けるのを怠っただけだと軽く考えていた。しかしある児童行動によって、私の脳裏にハエが集るような厭な胸騒ぎがしたのだ。

 休み時間。元気よく教室を走り回っていた児童を注意しようとした時だ。その内のひとりの児童が、あの空いている席にぶつかり勢いよく椅子を倒してしまったのだ。
 すると、その児童は急に青ざめた表情に変わり、慌てて椅子を元に戻す。それが何を意味しているのか、その時はまだわからなかった。それから椅子を倒した児童だけでなく、他の児童まで表情を固めてしまった。いつしか教室全体の温度が急激に下がったように静かになり、空気が重たくなった。

 別にクラスの児童が亡くなったなんて話は聞いていない。いや、聞かされていないだけなのか?
 私は疑心暗鬼になり、校長に確認することにした。

「校長先生、ちょっといいですか?」

「どうしました。清水先生」

「最近うちのクラスで児童が亡くなったとか、或いは事故や病気で入院しているなんてことありませんか?」

「いいえ、ありませんよ。どうしてそんなことを?」

「あ、いえ、クラスにひとつだけ余分に席が余っていたので」

「ああ、そうでしたか。……そういえば先生が赴任する少し前に、ひとりの児童が転校したんですよ。その席がそのまま残ってしまっているだけなんだと思いますよ」

 なんだ、そういうことか。
 私は校長の言葉を聞いて一度納得はしたものの、ふとあの時の児童たちの様子を思い出した。それならどうして、あの空席の椅子を倒しただけでクラス全員が能面のような表情になったのか。

 翌日、私はどうしても気になりひとりの児童に話を聞くことにした。

「ねえ、あそこの空いている席の子は、どんな子だったの?」

 すると、それまで笑顔だった児童の顔が、生気が抜けたように変わった。そして言葉を失う。

「ごめん。やっぱり何でもないや」

 私は児童から話を聞くの諦め、もう一度校長に声をかけた。

「校長先生。あの席に座っていた児童のことを他のことを聞いてみたんですけど、なんだか児童たちの様子が変なんですよ」

「変、とは?」

「あまり触れて欲しくないといった感じで」

「触れてあげないのも優しさではないでしょうか」

 校長の仏のような態度に、私が考えていたことがとても小さなことに思えてきた。ただそれと同時に、その態度の裏にえも言えないような闇を感じた気がした。
 すると私と同じく今年から赴任した新米の二見先生が、口元を覆いながら声をかけてきた。

「清水先生はやっぱり聞かされてないんですね」

「何か知ってるんですか二見先生?」

「わたしも詳しくは知らないんですが、先生のクラスの児童が転校する前までいじめを受けていたらしいんです。それが転校の理由とも聞いてます」

「やっぱりそうなんですね。でもそれだけで、児童たちがあそこまでなるとは思えないんですよね」

「これはあくまでも噂ですが」と、二見先生がさらに声を抑えて言った。

「――すべて校長が裏で糸を引いていたって」

「それは、どういうことですか?」

「転校した児童に対していじめを仕掛けるように、他の児童に仕向けたとか。前任の先生もグルで、証拠隠滅のために飛ばされたとか。……他にも色々あります。でも、子供たちは何も話しませんし、証拠もない。わたし校長先生が怖いです」

 その噂が本当なら、どうしてそこまでひとりの児童を転校させようとしたのか。私はとても恐ろしい学校に赴任してきてしまったのかもしれない。いつか私にも校長からの悪魔のささやきが来るのかと思うと、鳥肌が立って仕方がない。

「先生」

 ふいに声をかけられ、振り返ると校長が目の前に立っていた。
 校長が何か話している。しかし声は聞こえない。雰囲気だけで、そう判断した。
 
 なぜか私にはもう、校長の表情が見えなかった。いや、校長は私に背を向けているのかもしれない。校長の禿げ上がった頭部を見ている。そんなまさか。
 まるでのっぺらぼうのような頭部は、何かに向かって何かを話し続けている。
スポンサーサイト

『ペンディング探偵の定め』

 ワンルームの部屋。ローテーブルに二人がけのソファー。三段のカラーボックスが二つ。中には雑誌や漫画、小説に誰かの啓発本などが乱雑に収納されている。
 キッチンにはフライパンや包丁などの調理器具、また基本的な調味料もそろっていた。冷蔵庫の中身を拝見すると、それなりの自炊はするようにうかがえる。それから洗面所やお風呂場、隅々まで調べたが違和感を覚えることはなかった。

 探偵である龍穂さんは、改めてこの部屋の住人である月島に問うた。

「本当に、空き巣が入ったんですか?」

「空き巣じゃありません。ストーカーです」

「しかし、ストーカーになる人物に心当たりがないのでは、現状空き巣と表現せざるを得ないでしょ。それに万が一ストーカーが侵入していたら、物を盗むというより、何か物を残していくのが通例です。例えば盗聴器や隠しカメラなんかを」

「でも、私が大切にしていた写真が無くなっているんですよ。ただの空き巣が人の写真なんて持っていきます?」

 月島の言葉には一理ある。確かに空き巣が金目の物には一切触れずに、人の写った写真を持っていくのは異常だ。月島と面識のある人物が、月島に何らかの感情を抱いて犯行に及んだと推測するのが正しかった。

 すると、唐突に龍穂さんは言った。

「ところで、月島さん。お酒は毎晩飲まれます?」

「え、どうしてですか?」

「いやあ、先程冷蔵庫の中身を確認したところ、お酒のおつまみとなるような食材をずいぶんと買い込んであるのに、肝心のお酒が見当たらない」

「ああ、そ、それは友人がいつ遊びに来てもいいように、ストックしてあるだけです」

「そうですか。それじゃ、お酒はいつもご自身では買わないのですか?」

「……買いません。お酒は外で飲むことが多いです」

「わかりました。今回の一件は一度持ち帰らせてください」

 龍穂さんはそう言うと、足早に月島と別れたのだった。



「それで、結局また保留ですか?」

 私は事務所のソファーで横になる龍穂さんに向かって言った。すると龍穂さんはあくびを交じりに答えた。

「ふぁーあ。うん、あれは怖いよ。これ以上関わり合いたくないからね」

「でも、報告書には何て?」

「今回の一件は警察の見立て通り事故死だよ。何かの拍子に転倒して頭をぶつけた。月島さんはだいぶ酒癖が悪かった。それだけなら兎も角、自覚がないことが恐ろしい。写真も事故後、実際部屋の中で見つかったそうだ。刑事さんが言ってた」

「事故後、部屋は警察の方々が掃除されたんですか。あの大量のゴミを」

「そうそう、すごいよね。十文字ちゃんも一緒に中に入ってくればさ、あそこまで時間はかからなかった」

「ごめんなさい。どうしてもああいった場所は……」

「まあいくら十文字ちゃんでも、女の子にあの部屋に入れとは言えないか」

 龍穂さんはそう言うと、上着の内ポケットから少し歪な封筒を取り出した。

「この中に、その時の会話を録音したボイスレコーダーと、月島さんが盗まれたと勘違いしていた写真が入ってるから、後はよろしく」

 結局、最後は私がやるのか。
 龍穂さんから受け取った封筒の中身を確認すると、確かにボイスレコーダーと一枚の写真が入っていた。写真を取りだしてみる。そこに写っていたのは、笑顔で微笑む月島とテレビでよく見るとても美しい女性の笑顔だった。

 しかし、もし月島が事故で亡くならず、この件の解決を求めてきた時、龍穂さんは何て答えを出すのだろう。私には想像も出来ない。
 ただ、もうこの件は保留。そう龍穂さんが決めてしまったのだから、私はそれを受け止めるだけ。

『暗がりから牛を引き出すには』

 時刻は丑三つ時。牛飼いの青年は困り果てていました。

 それは先程小屋で飼っていた黒牛の一頭が、突然暴れ逃げ出してしまったのです。実はその日の昼間に、その黒牛は闘牛大会に出場して負けてしまっていました。おそらくそれが原因です。

 その逃げ出す音に気づいた青年は、急いで黒牛を追いかけました。
 すると黒牛は小さな洞穴に入っていきました。中は真っ暗で月明かりも届きません。興奮している黒牛はとても危険です。なので青年は不用意に洞穴の中に入ることが出来ませんでした。
 どうしたものでしょうか。このまま朝が来るまで待つのか、それとも一度小屋に戻り縄を持ってくるのか。縄がなければ暴れる黒牛を抑えることは出来ませんが、戻っている間に、黒牛がどこかに行ってしまう恐れもあります。

 青年は考えます。ちょうど今、洞穴の中は大きな物音はせず、耳を澄ますと黒牛の息づかいが僅かに聞こえて来る程度でした。このまま落ち着いてくれれば、これ以上刺激しないように朝まで見守ることが出来ます。もしかしたら黒牛自らが洞穴から出てきてくれるかもしれません。青年はしばらく見守ることにしました。

 しかし、そう話はうまくいきません。突然洞穴の中にいた黒牛が何かに驚いた声を発したかと思うと、その後急に水を打ったように静かになりました。

「おい、どうした?」

 青年が声をかけるも、反応がありません。もう一度、少し声量を上げて青年が声をかけてみると、思わぬ声が返ってきました。

「うるさいな、オイラはここらか出ないぞ」

 それはとても低い野太い声でした。声の主も気になりましたが、青年は三度声をかけます。

「お前は黒牛か? どうしてそこから出ない?」

「出ないと言ったら出ないのだ。オイラをここから出したかったら頭を使うんだな」

 青年は考えます。彼の気持ちを少しでも和らげねばと。そして言いました。

「お前は強い。今日負けたのだって、たまたま相手の調子が良かっただけだ。気に病むことはない。次、今度は相手の角へし折ってやろうぜ」

「いいや、オイラには無理だ。今日の一戦でオイラの角が折れそうになって、今でも軽くぶつかるだけで痛いんだ。こんな角じゃ戦えない」

 これほど弱気になった黒牛を、青年は初めて見ました。しかし、このまま放っておくわけにもいかないので、青年は改めて考え言葉をかけました。

「なら、ずっとそこにいるといい。戦えなくなったお前は、人に食べられるただの家畜になるだけだ」

 すると青年の言葉が響いたのか、ゆっくりと洞穴の暗がりから黒牛が出てきました。
 どうやらだいぶ反省したようです。よく見れば黒牛の角はすでに痛々しく折れてしまっています。その姿はもう威勢の良い闘牛とは判断しにくいものでした。

 ただ、暗がりから牛を引き出すには、尾を引いてやるのが良いみたいです。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。