十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2016年05月の記事

『ペンディング探偵の生き甲斐』

暗がりで女性の後を追っている後ろ姿は、まるでストーカーだ。
しかしあの人は、そんな私利私欲に塗れ、自我の欲求のためだけに他人を恐怖に陥れる人物ではない。
人の悩みや問題を解決する探偵、それが龍穂(りゅうほ)さんの仕事だ。

探偵といっても、龍穂さんは小説のような殺人事件を解決したことはない。もっぱら不倫調査か人捜し。ただ、たいした功績をあげているわけではない。平凡な私立探偵だ。

今日は、とあるマンションの前で野宿だという。夜食を買ってきてくれという連絡を受け、事務所の受付をしている私は、龍穂さんの元へ向かったのだ。

「あんパンでよかったですか?」

「十文字ちゃん、僕は別に刑事に憧れているわけじゃないんだから」

「すみません」

「いいよいいよ、元気百倍ってなるかもだし」

今回の案件は、不倫調査。不倫の疑いがある妻を調べてほしいとのこと。すでに龍穂さんは妻のTと不倫相手の男Sが食事をして、男の住むマンションに二人で入っていく現場を押さえていた。
後は、朝出てきたところの写真を撮れば仕事は終わる。

「ところでバイキンマンは、アンパンマンをやっつけることを生き甲斐にしてるんだって」

「そうなんですか」

「ということはだよ。バイキンマンがもしアンパンマンをやっつけちゃったら、バイキンマンは生き甲斐を失う事になるんだよ。だからバイキンマンは、毎回アンパンマンをやっつけない案配をわきまえているんだ」

龍穂さんが言いたいことが見えてきたので、私は敢えて私の口から言った。

「つまり、保留してるってことですか」

「そうそう。十文字ちゃんもわかってきてるじゃん。あれは保留合戦なんだなあ」

何か思いふけている龍穂さんは、それからしばらく間を置いて「よし」と膝を叩いて立ち上がった。

「今回はここまでだね」

「え、またですか」

「うん。だって眠くなっちゃったんだもん」

龍穂さんは、仕事を中途半端に辞めてしまう人だった。お坊ちゃま育ちだからだろうか。この性格ではサラリーマンは務まらないだろう。
よって、その後処理はアルバイトである私の仕事。龍穂さんから調査内容を聞き、データをまとめ依頼人に報告する。時給が高いから続けているものの、長い目では見られない仕事ではあった。

「わかりました。それじゃ資料とカメラ渡してください。後はやっておきますんで」

「悪いね十文字ちゃん」

言葉とは裏腹に、全く悪びれる様子もなく龍穂さんは笑った。

それからしばらくして朝日を迎えた。マンションの出入り口からTと時間差でSが現れたので、しっかりと写真に収めた。
すると丁度、龍穂さんから着信が入った。

『おはよう、十文字ちゃん。写真は撮れたかい?』

「はい。撮れましたよ。これからどうします?」

『そうだね。いつも通り依頼人に渡しておいてもらえるかな』

「……わかりました。ところで龍穂さん、これって不倫って言えるんですかね」

私の問いは的外れだったのだろうか。龍穂さんが答えてくれるまで、しばらくの間が空いた。

『名目上はそうだけど、これは、あれだよ……』


――ペンディング探偵。龍穂さんにはそんな呼び名があった。
その理由は依頼人が皆、亡くなった人だったからだ。今回もそう。集めた資料と写真は、依頼人の墓石へと供える。そういう契約だ。もちろん契約は生前に行っている。よって依頼が完了することはしばらくない。つまり保留するのだった。

依頼人から信用されていなければ、こんな商売成り立たないだろう。計り知れない人徳が、龍穂さんにはあるのだ。

通話が切れる直前の声は、だんだんと遠く離れていくような感じだった。

『保留合戦だよ。それじゃ、ばいばいきん』
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『お涙頂戴お化け』

制服を着た警察官は、暗い路地裏で困り果てていた。
数分前、駐在していた交番に一本の通報が入った。少女が一人で座り込んでいると。

現場に向かうと、一人の中学生ぐらいの少女が、顔を自分の膝に埋めた状態で屈んでいた。時折、雨の中の捨て猫のように身体をビクつかせていたので、これはただ事ではないと判断し、優しく声をかけたのだった。

「君、大丈夫?」

「……あ、お巡りさん。来てくれたんですね」

「いったい何があったんだい。こんな時間にこんな所で?」

すると少女は、目線を下げ蚊の泣くような声で言った。

「母が亡くなったんです。さっき」

少女の言葉に、警察官は次になんと声をかけるべきか悩んだ。

「……そう、なんだ。でも、こんな所に一人でいたら危ないよ。君の家はどこ?」

「家に帰っても誰もいません。わたし、母と二人で暮らしてたので」

「それじゃ、親戚の方や友達は?」

すると今度は、両手で顔を覆いながら少女は言う。

「いません。母は一人っ子ですし、祖父母はとっくに亡くなっています。それに学校では虐められてるので友達なんか……」

「なら一度、交番に行こう。そこでゆっくり話を聞くから」

「だめ、動けない」

「え?」

「さっきストーカーに襲われて、だから呼んだんです」

濁流に紛れた不幸な水が彼女を襲ったようだ。警察官はとにかく彼女を保護し、心を休めてあげなければという使命感に苛まれる。

「そうか。なら僕が守ってあげるから大丈夫だよ。ほら、ここにいたらもっと危険だよ」

警察案が少女の側により、肩を支えて立ち上がらせようとした。

「いや!」

怯えたように少女は警察官の手を振り払う。これは重傷だ。慌てて警察官は、交番に残っていたもう一人の警察官に連絡を入れる。それからもう一度、少女に声をかけようした時、ふと何者かの存在に気づき振り返った。

「誰だ!」

ライトを当てると、一瞬だけ人影に反射したもののすぐに路地の角に消えてしまった。もしかしたら、少女を襲ったストーカーかも知れない。そう思った警察官は、すぐにそれを確かめようと歩き出すと少女がズボンを掴んで制止した。

「独りにしないでください」

確かに少女を一人にするのは危険だ。しかし、ストーカーを野放しにしていては、今後も彼女に危険が及ぶ。捕まえてしまえば、解決するかも知れない。

「大丈夫。すぐに戻ってくるから。それにあいつを捕まえない限り、また襲われるかも知れないだろ」

「あれは……彼氏です」

「彼氏? それじゃ、なんで彼に助けを呼ばないの?」

「彼氏がストーカーだからです」

なるほど、それなら納得がいく。しかし、そうなると彼女への不幸は、さらに嵩を増したことになる。
警察官は自分の存在を認識したことによって、少女の恋人、いやストーカーはこれ以上近づいてくることはないと判断した。

「今、あいつは私を見て逃げ出したから、今日はもうやってこないだろう。それにストーカーの身元が割れているならすぐになんとかなるよ」

「違います」

その少女の言葉に、警察官は首をかしげる。

「彼は、死んでるんです。だからあれは」

「な、何を言ってるんだい。だってさっき」

「あれはお化けです」

「お化け?」

「はい、お涙頂戴お化けって言われてます。人の涙が好物で、泣いている人の側に現れるんです」

話の路線がだんだんと怪しい方向に進んでいることに、警察官は少女の言葉に疑念を抱くようになっていた。
よくよく考えれば、今までの彼女の発言すべてに証拠はない。路地裏で一人、未成年の少女、涙を流し震えている、この要素が言葉に信憑性を与えていた。

「もしかして」と警察官が口を開こうとすると、少女は柏手を打つかのように両手をパンッと叩いた。

「ごめんなさい、お巡りさん」

その言葉を捨て台詞に少女はすっと立ち上がり、まるで親元に向かう子供のように軽い足取りで行ってしまった。

すると丁度入れ違いで、応援の警察官がやってきた。

「大丈夫ですか、先輩。何があったんですか?」

「ああ、ちょっと猫騙しにあってな」

『星とアルカナ』

「王子は案外お暇なのね」

アルカナの家に王子がこっそり遊びに来ていた。

「まあ僕は、自由を愛しているからね。でも今日は、わざわざ足を運んだんだよ。もう少し歓迎してくれても良いと思うけど」

「あら、それは失礼。あたしは歓迎してますわ。あまり顔には出ないのよ」

「そうかい。なら、僕がここに来た理由もわかってるんだろう」

「ええ、この間のお礼をしに来たんでしょ」

王子は子供のような笑みを浮かべて言う。

「そうそう。そこでアルカナは何か欲しいものとかある?」

アルカナは呆れたように首を横に振った。

「そうか。それじゃ、アルカナって将来なりたいものとか夢みたいなものはあるのかい?」

将来。正直アルカナは、自分の将来のことについてはほとんど考えたことがなかった。

「うーん、そうね、じゃあ逆に何が良いと思う?」

すると、王子は腕を組みしばらく考える。

「そうだね。女王様っていうのはどうだい?」

「それは現実離れも甚だしいわ。だって王族は代々世襲制でしょ。あたしみたいな小市民には雲をつかむような話だわ」

「そんなことはないよ。君にだってなれるさ。今の女王様も元々は小市民だったんだから」

王子はそう言うと、なぜか椅子から立ち上がり窓際に立った。それを訝しむアルカナは、はっと何かを悟り言葉を返した。

「それってあなたなりのプロポーズのつもり?」

すると王子は、わかりやすく頭をかいて俯いた。

「もちろん、今すぐって訳じゃない。女王様にはまだまだ元気で座っていてもらいたいからね。ただ、いつかは僕がその椅子に座ることになる。でもあの椅子は一見豪華に見えても、僕にとっては拷問椅子と同じ。こればっかりは、理解してもらえないだろうけどね」

「そういうことなら、お断りするわ」

素っ気ないアルカナの言葉に、王子は慌てた様子で言う。

「どうしてだい? 女の子の憧れといったら女王様だろ。なろうと思ったってなれないのに」

「そうね。女王様は輝かしいお星様のようだと思うわ。お願い事も叶えてくれそうですもの。でもね、あたしはおばあちゃんと一緒にこの家で暮らしていたいのよ」

「はあ、もったいない。君こそ女王様に相応しいと思ったんだけどなあ」

そう言いながら王子は、諦めたかのように玄関扉のほうに向かって歩き出した。その後ろ姿に違和感を覚えたアルカナは、独り言のように声をかけた。

「お国は、あたしの力がお目当てなのかしら」

アルカナの言葉が、王子に聞こえたかどうかわからなかった。しかし、王子が扉を開けて振り返った時の笑顔がわかりやすく引きつっていたので、どうやら図星のようだった。