十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2016年02月の記事

『嘘を知る子供』

今回のオマージュは、イソップ寓話『嘘をつく子供』です。


「ガオー」

着ぐるみをかぶり子供たちの相手をする。この仕事を続けてもう十年が経つ。

これまでも様々な子供たちと出会ってきたが、私にとって最も印象に残っている子供がいる。少年の名前はわからない。だけどその少年が私を変えてくれたことに間違いはない。

その日はちょうど狼の着ぐるみを着ていた。狼といってもリアルなものではなく、かわいらしい子供受けを狙ったデザインのもの。

それを見た子供は、触ってきたり一緒に写真を撮ったり、時には怖がる子供もいたが、多くは無邪気に接してくれた。

しかし、その少年は違った。私の目の前に突然現れると言ったのだ。

「嘘つきおじさん」

近頃の子供はませているといった第一印象だった。着ぐるみの中には汗だくのおじさんが入っている。その事実を承知の上で接してくる子供は、数は少ないが他にもいた。しかしその少年は違う。着ぐるみの中にいる私、いや、それ以外の何かを見つめている瞳がそこにあった。

「ねえ、おじさんはどうして嘘をついてるの?」

嘘?

私は内心首を傾げた。偽りの身を纏い、姿を変え変装しているといえばしている。ただ、偽ってはいるが、嘘をついているということとは少し違う。そういう認識だった。

私は辺りを見渡す。この少年の親らしき人物はいない。もちろんこのまま少年の問いに答えることは出来ない。契約で「ガオ―」という台詞しか話してはいけなかったからだ。
ひとまず私はその少年を避けるようにして移動する。しかし、その少年はぴったりと私の後をついて来ていた。

それがあまりにもしつこかったので、私は人気のない場所まで移動して、少年と向い合った。そして狼の頭の部分を取って見せた。

「ほら、これで満足かい? 君の言ったとおり私はおじさんだ。これでもう嘘つきとは呼ばないでおくれよ」

すると少年は被りを振って言った。

「その頭についてるものも外さなきゃだめだよ」

「……悪いが少年。私は狼おじさんだ。それはできない」

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『鬼の居ぬ間に』

かの有名な鬼ヶ島。実はその島には、豊富な果実や透き通るよな川が流れているオアシスが存在するという噂がありました。
その噂を信じたとある老夫婦が、いつか訪れたいとその機会を虎視眈々と窺っていました。

するとある日、鬼ヶ島に住む鬼たちが長期間の旅行に出かけていきました。老夫婦はこの機会を逃しません。早速身支度を調え、鬼ヶ島に向かいます。

普段、鬼ヶ島に人が入ることはほとんどありません。なので、この老夫婦が初めてでした。

鬼ヶ島に足を踏み入れてからしばらく歩くと、すぐに噂のオアシスが見えてきました。するとおじいさんは用意してきた籠に果実を、おばあさんは持ってきた桶に川の水を汲み取り始めました。

二人が十分過ぎるほどの収穫を得た頃、二人以外誰もいないはずの島にドスドス足音が聞こえてきました。人のものではないことはすぐにわかります。見ると若い鬼が一人で島に戻ってきていました。

「あ~、やっぱり旅行なんかよりこの島でのんびりするほうが気が楽でいいや」

どうやらこの鬼は、一人旅行を抜け出して一足先早く帰ってきたようです。

老夫婦は急いで身を隠し、島から逃げ出す隙を窺います。しかしその鬼はちょうど出入り口付近に腰を下ろし、ちっとも動こうとしませんでした。

「どうしたのもかね、ばあさんや」

「そうだね、やつが鼻提灯でも見せてくれさえすれば、その横を忍び足で抜けられるんじゃが」

老夫婦は、鬼が疲れて寝てしまうのを息を潜めて待つことにしました。

しばらくすると、思惑通り鬼はいびきをかいて居眠りを始めました。

「今じゃ!」

おばあさんのかけ声とともに老夫婦は飛び出し、鬼の横を通り過ぎます。

「あっ」

と声を上げたのはおばあさん。おじいさんが振り返ると、おばあさんが躓いて抱えていた川の水を鬼にかけてしまっていました。

当然鬼は目を覚ましてしまいます。とっさにおじいさんは、持っていた果実を鬼に向かって投げつけました。

「鬼は外ぉー!」

果実はゆっくりと弧を描いて寝ぼけ眼の鬼に命中しました。

すると鬼は、怒るわけでもなく、諭すように言いました。

「あーあ、服が汚れちまった。洗濯しなきゃな」

『死神とアルカナ』

これは夢のお話。

死神はアルカナに言った「私にそっくりだ」と。

それを受け、アルカナは首を傾げる。

「どこが似ているというのかしら?」

「私はもうすぐ死ぬ人間のもとに現れ、生から死への導きをしている。つまり皆私を必要としているのだよ。人は生きていれば必ず死が訪れる。その際に私がいなければ、この世を彷徨うことになるからね」

するとアルカナはかぶりを振った。

「あたしはあなたほどではないわ。あたしのことを疎ましく思う者も必ずいるはずよ」

「それは私も同じさ。死神に会いたいと思っている人間なんているわけがないだろ。私の存在は疎ましいものでもある」

「それならもっと違うわ。あたしに会いたいと思う人は少なからず存在する。あなたと違ってね。それにあたしが捜し物を捜すのは、人に頼まれてからよ。でも、あなたはあなたの意思で捜しているじゃない。そこが大きな違いだわ」

アルカナの言葉に、死神も少し言葉を詰まらせる。しかし、負けじと口を開く。

「私にもね、人に頼まれることもあるのさ。死にたいと。そんな時は喜んでその人のもとへ向かう」

苦し紛れの言葉にも聞こえたが、嘘ではない。確かに、時に人は自ら死を求める。

「ところで死神さん。あなたがあたしのところに来たってことは、あたしはもうすぐ死ぬのかしら?」

すると今度は死神がかぶりを振る。

「いいや、君に会いに来たのは、ひとつ忠告しておきたいことがあってね」

「忠告?」

「そう、もうすぐ君にある悪い知らせがやってくる。そんな時、君はその不思議な力を使うことになるだろう。でも、そこで間違ってはいけない。君は死んだ人間を捜すことはできないが、死のうとしている人間は捜すことができるってことを」

「それはあたしに誰かを救えってことなのかしら」

「その質問に答えることはできない。生かすことが救いなのか。殺すことが救いなのか。私は後者を選ぶが、君はどうかな?」

「そう、ならやっぱり……」と小さく呟いた後、死神にアルカナは言った。

「あたしにそっくりね」