十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2015年12月の記事

『トナカイになった彼』

リビングでくつろいでいると、玄関の向こう側から彼の帰ってくる物音がした。

外は寒かろう。今日は雪が降るかもしれないと天気予報が出ていた。

身体が芯から温まるものを食べさせてあげようと思い、ショウガのスープを作っておいた。部屋の暖房もつけ、炬燵の準備も万端だ。

「ただいま」

「おかえり。寒かったでしょ」

「もう凍っちゃいそうだよ。ああ、あったかい」

寒さのせいか、彼の鼻の頭が赤く染まっていた。

「炬燵に入ってちょっと待ってて、今スープ作ったから」

「え、本当! いやあ流石、嬉しいな」

何事も純粋に喜んでくれる彼は、たかがスープでさえ心から喜んでくれる。私の料理の出来に関係なく、すでに用意してあるというところに満足しているのだろう。

今日はお互いにプレゼントを持ち寄ろうと事前に準備していた。彼は仕事帰りに、私は彼が仕事に行っている間に、お互いが喜ぶようなプレゼントを買ってきていた。

炬燵の上に二人分のスープが運ばれると、さっそく彼が鞄の中から、プレゼント用の包装に包まれた箱を見せてきた。

「じゃーん。どう?」

「どうって、まだ見てないよ」

「じゃあほら、見てみてよ。絶対気に入ると思うから」

箱を開けると、真っ赤なブレスレットが入っていた。赤色は私の好きな色だった。

「本当、かわいいね」

心から私はそう思った。好きな色の赤。細身の私の腕には丁度いい大きさのブレスレット。どこかのブランドものかしら。内側には細かい英字で文字が刻まれていた。

「それじゃ、次は私から」

私が彼のために用意していたプレゼントは二つある。ひとつは前から彼が欲しがっていた財布。少し高かったものだったが、彼のために奮発した。そしてもうひとつ。これは彼からもらったものだといっても間違ってはない。使用済みの妊娠検査薬。これを見せれば、彼も心から喜ぶに違いない。

私は先に財布を彼に見せた。

「うおっ! これ欲しかったやつじゃん。ありがとう!」

やはり彼は無邪気に微笑んだ。どことなく少年のような彼のことを、私は愛していた。

「実はね、もうひとつプレゼントがあるの」

そう言うと、彼は「なになに」と興味を示してきた。私はここぞとばかりに妊娠検査薬を彼の目の前につき出して見せた。

「私たちの子どもよ。最高のプレゼント、サンタさんからもらっちゃった」

彼は一瞬、私の言葉を理解するのに時間がかかっていたようだったが、少しするとすぐに全てを理解し満面の笑顔になった。

「うそ! やった! 最高だよ、ありがとうサンタさん。これ以上ないプレゼントだ」

私たちはその場ですぐに抱き合った。互いの愛を確かめるために。すると、彼は私の耳元で囁いた。

「ねえ、子どもの名前は“あかね”っていうのはどうかな? 君の好きな“朱”に“音”と書いて“朱音”。悪くないと思うけど」

「まだ早くないかしら。だってまだ男の子か女の子かもわからないでしょ」

「構わないさ。事前に準備しておくことは大切だよ。何事に置いてもね。サンタがプレゼントを用意している間に、よい子の家までの道を事前に把握しておかなくちゃいけないトナカイのようにね。――今回だって僕はもう、いざというときのために色々と準備してきたんだから」

そう言うと彼は、先程私にプレゼントしてくれたブレスレットの内側の文字を指さしていった。

「ここには僕と君の名前、そして“あかね”って書いてあるんだよ」

彼は急な出来事には本当に弱い。事前の準備を大切にする。彼がいつ私の妊娠を知ったのか、少し怖くなって訊くのはやめておいた。
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『あいすむ』

「これ、先輩の請け売りなんだけどね」

「何だよ急に」

「いいから聞けよ」

「うん」

「クリスマスの日にイルミネーションを見に訪れるカップルは盲目になるんだ」

「それってただの皮肉ってやつじゃ……」

「いや、まだ話は終わってない。でも確かに盲目になるのは、その雰囲気のせいでもある。だけど、そのカップルたちの背後には目に見えない導火線がついてるんだ」

「導火線? それに火をつければ爆発するってか」

「鋭いな。でも、ただ爆発するんじゃない」

「カップルを爆発させるって時点で、皮肉丸出しじゃないか」

「まあ、聞いてくれ。爆発はする。でも黒い煙を立たせて爆発するんじゃない。空に舞い上がり、虹色の閃光となって爆発するんだ」

「……それって花火になるってこと?」

「そうさ。行き交うカップルたちは夜空に舞う花火となって、よりいっそうクリスマスを彩ってくれる」

「う~ん。まあ、喩えとしてはおもしろいかもな。でもさ、その導火線に火をつけるのは誰なんだ?」

「そこが重要なんだ。点火するのは、クリスマスに独りぼっちの人間でも、ベテランの花火師でもない」

「じゃあ、誰なんだ。まさか『おれだ!』って言うんじゃないだろうな」

「……まさか。その導火線を見つけるには二つ条件が必要なんだ」

「条件?」

「そう、ひとつは自分自身がカップルでいること。そしてもうひとつは、その相手と永遠を誓い執行すること」

「それってつまり、老夫婦ってこと?」

「ご名答。しかし老夫婦となると夜目が鈍い。更には寝るのも早い。だから、恋人花火師はなかなか見つからない。残念なことにね」

「なんだよ。恋人花火師って」

「喩えさ。愛を具現化する技師は一人じゃ出来ない。どちらもカップルじゃなきゃならないんだ。そして導火線に火がついたカップルは花火となり、いつしか自らが恋人花火師となる」

「なあ、もしかしてその請け売り先の先輩って……」

「そう、俺のおじいちゃんおばあちゃんのさ」

『酔いどれヒグマと少年』

とあるサーカス団の一員に、少し変わった芸をするヒグマがいました。

そのヒグマの芸というのが、お酒を飲みながらボールに乗ってステージを回ると言うのです。ヒグマの人気は高く、劇団のエースでもありました。

そんなあるショーの後、ヒグマが寝床としている檻の中で、いつものように一升瓶を抱えながらくつろいでいると、一人の少年が迷い込んできました。

「あ、クマだ」

「ん? なんだお前。勝手には行ってきちゃダメだろう」

「寝る時もお酒飲んでるの?」

ヒグマの話を聞いていないのか、少年は訊いてきます。

「ああ、オレにとって酒は水みたいなもんだからな」

「お酒おいしい?」

「さあな」

その曖昧な返答に、少年は納得がいきません。

「わからないのに飲んでるの? じゃ、ショーの時に飲むのは何で?」

「ショーの時に飲んでいるのは団長の指示でもある。元々はオレは玉乗りなんて朝飯前だった。そんなある日、オレは水と間違えて酒を飲んでからショーに出た。初めてだったんでな、結構酔っ払っていた。それでも難なく乗りこなした。その姿がおかしかったんだろうな。観客にも好評で、団長はそれからも酔っ払った状態でショーに出るように言われたんだよ」

そう言うと、ヒグマは抱えていた一升瓶を口に運び、ごくごくと喉を鳴らしました。

「酔っ払うってどんな感じ?」

少年の素朴な疑問に、ヒグマは少し置いてから答えます。

「そうだな。夢見ている感じかな」

「ゆめ?」

「夢と言っても、寝ている時に見る夢のほうだ。自分で好きなように世界を作れる。自由の世界さ。ただ、たまに怖いものも見るがな」

「それじゃ、クマさんは夢を見るためにお酒を飲んでいるの?」

「最初はそうだったが、今は逆かな。夢を見せることをしている。お酒を飲むことが仕事の一部になると、好きだったものもそうでなくなってしまう。空しくもな」

ヒグマはそう言うと、空になった一升瓶を床に転がしました。すると丁度転がった一升瓶が、檻の外にいる少年の目の前まで転がっていきました。

少年はそれを何の躊躇いもなく拾い上げ、僅かに残っていた中身を自らの口の中に入れてしまいました。

「お、おい! お前にはまだ早いぞ」と慌ててヒグマは言いましたが、少年は頬を赤らめる訳でもなく、平然として言いました。

「ほんとうに、水みたいだね」

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