十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2015年10月の記事

『スイカの嫌いな彼』

彼の好き嫌いの多さは、むだ毛の数を優に超えるほどだった。

運動するのは嫌。

一人で買い物するのは嫌。

ニュース番組はつまらないから嫌。

他にもたくさんあるのだが、一番苛立つのは食事に関してだ。

外食したりお弁当を買ってきたりした時に、自分の嫌いな食べ物が入っていれば口にすることは絶対にない。

ある蒸し暑い日。農家の実家からスイカが送られてきた。幼い頃から食べ慣れているスイカは、私の大好物でもあった。彼が嫌いだと初めから知っていたら、一人でこっそり食べていたのに。

それを知らなかった私は気をつかい、食べやすいように切り分け皿に盛る。そして彼のところに持っていくと、そのスイカを見た瞬間、彼の表情があからさまに嫌悪感を表した。

「あ、もしかしてダメだった?」

「うん。昔からスイカは嫌いだ」

自分が好きなものをはっきり“嫌いだ”と言われると、自分自身に言われたみたいで少し傷つく。しかし、それでも好きなものはとことん好きという彼の性格に、私たちはまだ繋がっていられた。

「どうしてダメなの?」

理由を聞くと、彼はすねたように答えた。

「タネを取るのが面倒だから。たくさんあるし、手も汚れる。口の中に入ってしまえば、気持ち悪いことこの上ない」

味ではなくタネが取るのが面倒とは。

「それじゃ、柿やサクランボもダメなの?」

「スイカよりはマシ。でも、嫌いだね」

柿もサクランボも私の好物だった。

彼の“嫌いだ”という言葉を聞く度に、私の中で癪の種が山のように積もっていた。

そして、気づいた時には彼の股間めがけて足を思いっきり振り上げていた。

悶絶する彼に対して、私は言った。

「私も嫌いになりそうだわ。タネのあるもの」

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『独り法師な彼』

彼はとても愛情深い人だった。

女性にはもちろん、家族や友人、動物にさえ最大限の愛情を注ぐ。

いつだったか、私は彼に聞いたことがある。

「もしかして、あなたはさみしがり屋なの?」

意地悪な質問だったかもしれない。端から見ていると、彼は常に誰かと一緒にいる。家族、友人、恋人、愛犬。独りでいる姿を見たことがなかった。

しかし、彼は全くうろたえることもなく答えた。

「いいや、そんなことはないよ。むしろ僕は孤独を愛している。静かな空間に浸っている時は、自分の鼓動しか聞こえない。生きていることを実感できる」

「それじゃ、普段は無理してるの?」

「それも違う。人は大好きだ。誰かを幸せにすることは、僕の生きがいでもある」

「それって、矛盾してない?」

「そんなことはない。愛するものの対象は、この世の万物に及ぶことを許してくれる」

そう語る彼は、とても生き生きとしていた。

当時の私にとって、彼の発言は理解に苦しむものだった。


そして、私は久しぶりに彼に会うことにした。

彼と会うのは三ヶ月ぶり。

彼のアパートまで出向き、ベルを鳴らす。

応答はない。ドアノブを引くと、力なく扉は開いた。

玄関には大きな姿見。よく見ると廊下の壁の至る所に鏡は飾られていた。

恐る恐る部屋の奥へと進むと、薄日の差す窓際に彼は鎮座していた。

声をかけようとしたが、私は彼の生き生きとした表情を見て思いとどまった。

彼は恐ろしいほどに孤独に溺れていた。

『なりきりタイムズ』

今日は宗太とデートだ。

もう付き合ってずいぶん経つのに、未だにデートとなると胸がドキドキする。これは緊張のせいなのか、それとも興奮しているせいなのか。今の私にとっては、そんなことはどうでも良かった。ただ早く宗太が現れないかと心待ちにしていた。

すると、お店の入り口から見慣れた顔が見えた。

「いやあ、ごめん十和子。待った?」

「もう、10分も遅れてるわ。コーヒーは宗太の驕りだからね」

こんな会話幾度しただろうか。
宗太の遅刻癖は直らない。直そうとしたところで無理だと諦めがついたので、いつしか私もこう切り返すのが常套句となっていた。

「わかってるって。だからいつもこの店が待ち合わせ場所なんだろう」

私が宗太を待っていた場所は、近所の老舗の喫茶店。そこで本を眺めながらコーヒーを飲むのが好きだった。だけど、宗太を待ちながら飲むコーヒーはもっと好きだった。

「さて、これから私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

宗太が私の目の前に座るなり開口一番私は訊いた。

すると、宗太は用意していた台詞を言う。

「それは行ってのお楽しみ。さあお嬢さん、表に車を用意してございます。早速行きましょう」

元々私達は売れない俳優同士だった。そして、小さな劇団で出会い恋に落ちた。
ただ、今でも俳優の夢は捨ててはいない。だから日常であってもこうした演技を織り交ぜる。例え周りから冷たい視線を浴びたとしても、羞恥心や嫌悪感を抱いてはいけない。自分の殻を捨て役になりきる。それこそが夢への階段を駆けあげるためには必要なのだ。

宗太の運転する車に乗り走ること数時間。私達がやってきたのは小高い丘の上だった。

辺りには広大な自然が広がり、地球の息吹が私の髪を揺らす。眼下にはジオラマのようなビル群が連なり、まるで女神になった気分だった。

「いかがですか女神様。満足していただけましたでしょうか?」

さすが宗太。今の私の気分を読み取った台詞。そんなところがあるから彼を愛してしまうのだろう。

「とっても最高よ」

私の満足した笑みを見届けた後、宗太はおもむろに自分の背中から小さな花束を出してきた。

その花束、車を降りた時から気づいていた。しかし、それに気づいていないふりをする。そして宗太が私の前に出した時に、心から驚いた表情を見せる。
わかっていても知らないふり。それは基本。それが女優。

「どうかお受け取り下さい。ぼくが丹誠込めて作りました」

「まあなんと、あなたの手作りなのね」

淡い桃色の和紙に包まれ、根元には赤いリボン。その花は、私たちの思い出の花だった。

「ハルジオンね」

私の言葉に宗太は一言台詞を付け加えた。

「そうです。花言葉は追想の愛。別名、貧乏草。ぼくたちにぴったりかと」

“大きな夢を叶えるには時間がかかる。”宗太は昔、そう言っていた。

確かに時間はかかる。

だってもう、恋人同士になって50年も経つのだから。

『運命の輪とアルカナ』

「エンゲージリングって知ってる?」

夕食の後。ソファーの上でくつろいでいると、おばあちゃんがふいにそう聞いてきたので、アルカナは一瞬の間を置いてから答える。

「知ってるわよ。この前、浜辺で捜したこともあったわ」

「そうだったわね。でも、その発祥はわかるかな?」

アルカナは少し考えてから首を横に振った。

「諸説あるのだけれど、おばあちゃんが知っているのは古代ローマの話」

おばあちゃん曰く、古代ローマ時代は婚約の際、男性が女性に指輪を贈ることが習慣となっていたらしい。そこで重要なのが、指輪の交換ではなく、あくまでも男性から女性に対して贈るという習慣だ。

「アルカナがもし、指輪を貰ったとしたら、その指輪はどこにはめる?」

「もちろん、左手の薬指よ」

そう答えると、おばあちゃんの顔つきが少し曇った。

左手薬指に指輪をはめる習慣は、その古代ローマ時代にも存在した。しかし、その時代では、男性が女性を支配するという一種の主従関係が婚約には含まれていた。
心臓に直接繋がっている血管が左手薬指にあると信じられていた時代、そこに指輪をはめるということは、服従する、させるといった意味合いの行為とされていたのだという。

「悲しいことに、その時代は男性社会。女性に男性と同等な立場で暮らす権利はなかったのよ」

「だけどね」とおばあちゃんは、自らの老いた左手を見つめながら言った。

「指輪に鍵をつけて渡していたという説もあるのよ。鍵というのはもちろん家の、言い方を変えれば男性が大切にしているものを守る鍵、とも言えるわね」

その鍵を女性に贈る。ということは、つまり相手を心の底から信頼していることに繋がる。おばあちゃんが伝えたいことは、そこにあった。

「この指輪はね、おじいちゃんから託されたの。だからもし、私に何かあったらこの指輪はあなたが持っていてね。……アルカナ」

その意味深な言葉に、違和感を覚えないほうが不思議だ。しかし、それを追及する勇気はない。

アルカナはおばあちゃんの左手を包み込むように握り、言葉をかけた。

「わかったわ。大丈夫、心配しないで。あたしがこの指輪を無くすなんて有り得ないわ。だって、そういう運命でしょ」

『ホシと王子さま』

今回のオマージュは『星の王子さま』です。


生意気な後輩が連れてきたのは、まさしく我々が捜し求めてきた人物だった。

「どうです先輩。これで僕も出世街道まっしぐらですかね」

子どものように微笑む後輩に対し、俺は釘を刺す。

「あまり調子に乗るな。まだこいつが犯人だとは限らんだろ」

「でも、アリバイは無いですし、動機だってあります。こいつ以外にありませんよ」

「しかしまだ、決定的な証拠がない。上のやつらもこいつが犯人で間違いないとは思っているようだが、俺は納得していない」

「何をそんなに片意地張ってるんですか? もしかして僕が犯人を捕まえてきたことに嫉妬してるんですか?」

そんなことはない。そうはっきりと言えない自分がもどかしかった。

この生意気な後輩がホシを捕まえることができたのは、単なる運が良かっただけだ。ホシが現れそうな場所を、複数の捜査員が張り込んでいた。もちろん俺も。そして、偶然後輩の張り込んでいた現場にホシが現れ捕まえた。

ホシとして捜査線上にあがった時点で、その人物を捕まえるのがいち捜査員の仕事。捕らえたホシが本当の犯人かどうか関係ない。

自分の中でホシがホシではないという疑念を抱えていても、ホシとなった者を捕まえることによって、評価は上がる。更には自信に繋がり態度が大きくなる。
この後輩はまさにそうだった。

聞いた話によれば、逃げ出したホシを追いかけて捕まえたのがこの後輩。後輩は学生時代陸上部だったこともあり、足には自信があったそうだ。あっという間に追いついて捕まえたという。

俺の忠告を紳士に受け取ることはないだろうと思いつつも、俺は言った。

「いいか。出る杭は打たれるって言うだろ。そんな態度を取っていると、上に嫌われるぞ」

後輩はへらへらと笑いながら言った。

「大丈夫っす。僕の親父、刑事部長なんで」

忘れてた。

どうやらこの王子さまは、そういう星の下に生まれたのかもしれない。

『烏兎そうそう』

とある満月の夜。一匹の兎がせっせとお団子のお餅をついていました。

するとそこに、颯爽と黒い羽根をばたつかせ三本の足を持った烏が現れました。

「おいおい、また性懲りもなく団子を作ってるのか?」

烏は高い木の梢から兎を見下ろして言います。

「ええ、これは私の大切な使命なんです。やらなければいけない理由もあるんですから」

烏はフンと鼻を鳴らして言い返します。

「まあ精々尽くすことだな。またオレ様に食べてもらえるようにな」

兎が満月の夜に餅をつき、お団子を作るようになったのはだいぶ昔のこと。それからしばらくして、どこからか噂を嗅ぎつけたのか三本足の烏が姿を現し、せっかく兎が作ったお団子をくすねて行くようになっていました。

動きの素早い烏です。兎が毎回対策を練るのですが、空を飛ぶ烏には手も足も出ませんでした。

そして今回も、烏は意気揚々と現れました。

「よし、これで完成だわ」

兎がお団子を作り終え一息つこうとしていると、それを見計らって烏がお団子めがけて飛び出しました。そしてあっさりとお団子を盗み取りました。

「どうだい。オレ様の速さは。お前も一歩も動けなかっただろ」

「……ええ、おはやいですわね」

まるで何事もなかったかのように動じない兎を見た烏は、はてと首を傾げます。

「なんだよ。いつものように怒ったりしないのか?」

「怒るなんて、はしたない。それに構わないのですよ。あなたにお団子を差し上げるために作っていたのですから」

「はあ、お前何言ってるんだ。オレ様のために作っていただと。どうしてそんなお人好しなことができるんだ」

「そうですね。もちろん、初めてあなたにお団子を取られてしまった時は、まあ驚きと悲しみに包まれました。ですが、あなたがお団子を取った理由を知ってからは、お餅をつくのも楽しみになっていましたの」

なぜか嬉しそうにそう話す兎を見て、烏はまさかと思い問い質した。

「もしかして俺が団子をくわえて飛んでいく後をつけていたのか?」

「ええ、あなたはとても遠くからでもとても目立ちますから、私の足でもついていけましたよ。……あなたの様子から、お子さんたちも元気に育っているようで安心しました」

そう。泥棒烏は、自分の子どもたちのためにお団子を盗んでいたのでした。

すると烏も普段の高飛車な態度をやめ、正直に話し出しました。

「最初はほんの出来心だった。息子たちの食料を探している時に、あんたがうまそうな団子を作っている所が見えて、盗み取った。持ち帰って息子たちに食わせてやると喜んでな、また食べたいって言い出すもんだから。毒を食らわば皿までって言うだろ。いまさら素直にあんたから頂くわけにもいかなかったんだ」

兎は小さく頷いてから言います。

「そうでしょう。あなたの性格は知ってましたから。お子さんのためには悪事でも犯す。だから、お互い様です」

「お互い様?」

烏は首を傾げます。

「毒を食らわば皿まで。実は私の作るお団子には微量の毒を入れていましたの」

「え……うそだろ」

「いいえ、本当です。毒をもって毒を制す、です」

真っ青な表情の烏に対して、兎は最後に一言付け加えた。

「しかし、まだ草々な気もします。そうそうな」