十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2015年09月の記事

『隠者とアルカナ』

粉雪が舞う音が聞こえてくるほど静かな夜。アルカナの元に、痩せたサンタクロースのような老人が現れた。

その老人の依頼内容は、亡くなった母親を捜して欲しいというものだった。

亡くなった者を捜すことはできない。それはアルカナ自身が自らの親で実践していたのではっきりしていた。

この老人のような依頼をしてくる依頼人はこれまでにもいた。いくら金銭や物資を報酬として用意されても、できないものはできないと断ってきた。

しかし老人はこう続けた。

「確かにワシの母は亡くなっておる。しかし、ワシは納得していないのですよ。……まあ聞いてくださいな。
母はまだワシが若い頃、山を挟んだ隣町へと出稼ぎに行ったんじゃ。ただ、その帰りにな、行方不明になってしまったんじゃ。当時、山では土砂崩れがあっての、それに巻き込まれたのだと多くの人は言うんじゃ。だから私も現場を隈無く捜索したのじゃが、母の亡骸は皆目見つからないまま。
世間ではもう、死亡したことになってはおるが、ワシは母が土砂崩れに巻き込まれずに生き延びたのだと今でも思っておる。いつかワシの元に帰ってきてくれることを信じて待っておるのじゃ。
そうしていつしか時が経ち、生きていれば母は100歳を迎える。記憶を失いどこかの町で幸せに暮らしているのではないかと、心密かに願っているのだよ。
……ああ、すまんのう。話が長くなってしまった」

アルカナが人を捜す際に、まず必要なこととしてその人の顔を知らなければならない。当たり前のようではあるがそれは重要なことで、この老人が提示した母親の写真は数十年も前のもの。まだ20代後半の細身の女性。この女性の数十年後を想像して捜し出すには、さすがに無理がある。

しかし老人の信念は揺るぎないものがあった。

もう長いこと母親の帰りを待ち、まだ生きていることを信じた。ただ人生の時間は有限である。おそらく老人は己の有限である時間が差し迫っていることを悟り、それがが老人の決断を促したに違いない。100歳という節目というのは後付けなのだろう。老人の瞳には、白黒はっきりさせたいのだという気持ちが滲んでいた。

アルカナは瞑想する。

「……あるかな」

そして“あったよ”という常套句を発しないままアルカナは瞳を開いた。

「ごめんなさい。やっぱり見つからないわ。おそらくはもう……」

その言葉に老人は、大きくため息を吐いて腰を床に下ろした。そして言った。

「おお、そうか。ありがとうアルカナちゃん。このお礼はいつか必ずする。だけどその前にここで少し休ませはてくれないか。少し長旅をしてきたものでな」

老人は背中を壁に寄せ、その大きく真っ黒な瞳を、寝ている赤ん坊に毛布を掛けるかのように瞼を閉じて覆った。


後日、アルカナの元に大きな白い布袋が届いた。中には無数の金貨と一通の手紙。

《このお金はワシの全財産だ。これで母とワシの分の墓を建てて欲しい。残った金はすべて差し上げる》

差出人の名前はなかったが、アルカナは山の麓に建ててあったあの老人の墓に、その金貨を全て埋めた。

もちろんそれは、アルカナとおばあちゃんしか知らない。
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『透明なメニュー』

彼女の名前はソフィアというらしい。

僕よりも背が高ければ頭も良い。目鼻立ちも整っていて、尚且つ透き通るかのような白い肌。

典型的な東洋人の容姿である僕には甚だ不釣り合いだ。

この《瞹眛喫茶》で出会った彼女は、なぜか僕のことを聞いてくる。好みや趣向、それに僕がどんな環境で生まれ育ったのかまで。

彼女は問いかけてくるだけで、僕からの問いには全く答えてくれない。彼女の名前もマスターから聞いたのだった。

答える必要のないことまで答えた気がする。ソフィアの大きな瞳には相手を惑わすような魅力がある。その瞳を前にして嘘がつけないのはもちろん、口に出す言葉さえ操られている感覚だった。


ある日、僕が再びソフィアに誘われ向かい合って席に座っていると、マスターが二つのコーヒーカップを運んで来た。

「もし、よろしかったらいかがでしょうか。当店の新メニューです」

カップの中を見た僕は首を傾げた。

色の無い透明な水。カップの白い底が見えている。紅茶のような香りが立っている訳でもない。

「これはなんですか?」

曖昧さを好むマスターの新作。「これはなにか」と問うのは野暮かもしれないと思いながらも、僕は聞かずにはいられなかった。

するとマスターは目尻に皺を寄せて微笑みながら言う。

「こちらのメニューにはまだ名前がありません。ぜひお客様につけていただければと」

いったいどんな味がするのか。僕が恐る恐るカップに手を伸ばすと、横からソフィアの細い手がスッと伸びてきて、僕よりも先にその新作を口に運んだ。

その様子をただ息をのんで見つめることしかできなかった僕は、彼女の口から発せられるであろう言葉を待った。

「いかがでしょうか?」

マスターがソフィアに問いかけると、瞳を閉じ溜め息を吐くように言った。

「まるで大人の恋心ね。マスターの愛がこもっているわ」

ソフィアの心からの笑顔を初めて見た気がする。

「恐縮です」

マスターが軽く会釈をすると、おもむろに僕のほうを見た。

自分も飲むようにと促されていると察した僕は、少し慌ててカップを口に運ぶ。

「いかがですか?」

マスターの問いに、僕はどう答えたら良いのか。頭の中にある数少ないボキャブラリーの中から厳選するのに少し時間がかかった。

そして僕の口が勝手に動いた。

「まるで、ソフィアさんの肌のようです」

その言葉を声にした瞬間、身体が痺れるように熱くなった。すると、マスターは言う。

「では、この新メニューの名前は“ソフィアのようなもの”にしましょう」

まさかの展開に僕は焦ってソフィアのほうに視線を向けると、なぜか彼女も嬉しそうにしていた。――僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに。


そしてその“ソフィアのようなもの”は、新たなメニューとして《瞹眛喫茶》の隠れメニューとなった。

正直なところ、僕が口にした“ソフィアのようなもの”には、味が全くなかった。

そう、ただの白湯だった。

だけど、とても美味だった。

『煙に巻く彼』

彼に初めての手料理を振る舞うことになった。

ダイニングキッチンから彼のことを覗くと、テレビの画面に夢中になっている。

私がちょうど鍋に火をかけた時、ふと彼のほうから声をかけてきた。

「ねえ、おか……いや、なんでもない」

「ん? なんか言った?」

正直なところ耳の良い私は、今の彼のちょっとした失言を聞き逃さなかった。あれは確実に私のことを“お母さん”と呼ぼうとしてしまったのだろう。

これはよくある話だ。裏を返せば彼にとって今の私は母親のような親しみが湧いているのだとも取れる。

今私に対して背を向けている彼の表情は、恐らくリンゴのように赤く染まっていることだろう。

調子に乗った私は、彼を少しからかってみることにした。

「ねえ、今私のこと“お母さん”って呼ばなかった?」

「よ、呼んでねえよ」

「うっそ。おか……まで言いかけたじゃない」

「それは違うって。“おかずは何か”って聞こうとしてやめたんだ」

「じゃ、なんで途中でやめたのよ」

「……そりゃ、できるまで待っていようって思ったから」

彼が頭をかいた。それは何かを誤魔化そうとしているサイン。もう何度も見た。

私は料理の手を止めて、彼の主張を根底を揺るがす一言を言ってあげた。

「でもさっき“肉じゃがが食べたい”って言ったのはそっちでしょ。その肉じゃがを作ってるに決まってるじゃない。……おかずを聞こうだなんて」

するとちょっと度が過ぎたのか、彼は急に立ち上がり、私のほうに枯れかけたリンゴのような顔を向けた。

「そうだよ! 言いかけたさ。それの何が悪い!」

悪いとは言ってない。しかし、これ以上口論が続くのは穏やかではないと判断し、私は彼を慰めにかかった。

「ごめんごめん。ちょっとからかってみただけだって。そんなに怒らなくても」

私の反省した態度に沸き上がった怒りを静めてくれた彼は、ぼそっと衝撃的な言葉を呟いた。

「……ママの味には絶対勝てないんだから」

初めて私は自分の地獄耳を恨んだ。

するといつの間にか鍋は焦げ臭くなり、私はむせて涙がこぼれた。

『紅差指の糸』

幼い頃、友達と遊んだ帰りにわたしは迷子になったことがある。

陽も暮れ、辺りは街灯も少なく真っ暗闇になっていた。

恐怖と不安が入り乱れ、足が動かなくなっていると、ふと鼓膜を直接振るわせてくるような声が聞こえてきた。

「迷子かな?」

冷たい男の人の声だった。聞き覚えの無い。

恐怖が更に増し、その場で目をつむり耳を塞いだが、声はまた鼓膜を振るわせた。

「こっちにおいで」

知らない人にはついて行ってはいけないと、母親からも十分に躾けられていたので、わたしはその声の誘いには乗らなかった。

「こっちにおいで」

その声は一定の間隔で聞こえてくる。

しばらくすると、わたしは左手に違和感を覚えた。勇気を振り絞って目を開けてみると、そこには何もないはずなのに、誰かに触れられているかのような感覚があった。

なに、これ。と不思議な感覚に囚われていると、ぼやけたわたしの視界に一筋の赤い光が入った。

それは鼓動のように、そして鼓膜を振るわせるあの声に共鳴して光を放っていた。

すると急に先程まで恐怖に感じていた声が、温もりを帯びて聞こえてきた。

急に涙がこぼれそうになる。

眩しいほどの光は、一筋の細い糸のようになりわたしの指に巻き付いた。

わたしはその糸に導かれるように歩みを進めた。

その糸の先に立っていたのは、あの声の主。


今でもその声の主は、多くの人を救っている。

もちろんわたしも。

ずっと近くで。

『力とアルカナ』

アルカナには両親がいない。

母は、まだアルカナに物心が付く前に事故でなくなった。だからアルカナに母の記憶はほとんどないに等しい。

しかし、父の記憶はある。

父は母が亡くなってすぐに家を出て行った。アルカナが幼い頃は時々顔を見せては、おばあちゃんと口論になる。

そしてアルカナが7歳を迎える頃から父は姿を見せなくなった。

アルカナが力を使って父を捜そうとしたことは一度もなかった。それはおばあちゃんに止められていたからというのが一番だった。

おばあちゃんがアルカナの不思議な力に気づいた時に真っ先に言ったのだ。

「あの父親のことだけは探してはダメ。あなたが不幸になるから」と。

父のことが全く気にならないといえば嘘になる。しかし、おばあちゃんを不安にさせることもできなかった。

アルカナに亡くなった人を捜すことはできない。母の存在を寂しく思い力を使ったこともあったが、どこにも見つからなかった。もし父を捜そうと力を使い、見つけ出すことができなければ、という恐怖もある。また、例え見つけ出したとしても、現在の父の姿に心痛める可能性も否定できない。

おばあちゃんが心配しているのは恐らくその二点。

そんな心配をよそに、とか。その目を盗んで、とか。アルカナ自身に好奇心という怪物が潜んでいれば、後先考えずに行動に出ていたかもしれない。

しかし、その怪物を抑えているのはアルカナの力ではない。おばあちゃんの愛情であった。

おばあちゃんが自分の孫に対して本当の名ではなく、愛称である“アルカナ”と呼ぶ理由。それは父がアルカナの本当の名の名付け親だから。

愛称とは、その字の通り、愛のある呼び方。愛の無い名前をおばあちゃんは嫌い、多くの人に愛された名前“アルカナ”を愛しているのだ。

それをアルカナは感じていた。自分自身でも、本当の名は記憶から消し去っている。

もう、アルカナに両親は必要ない。

愛してくれているおばあちゃんと、この名前があれば、それだけでいい。
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