十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2015年02月の記事

『秤違い』

問題です。目の前に何やらお困りの様子で立っている白髪の老人がいました。あなたはその腰の曲がった老人に声をかけますか?


ある日、友人はその問いに悩まされた。その問いと向かい合った時が、必ずしも自分に余裕のある状態であるとは限らない。実際に友人もそうだった。

その日は大切な予定があり、それに遅れるわけにはいかない。しかし人助けをする。そんな偽善にも近い良心が働こうとしている。ふたつを天秤にかけた時、どちらに傾くか、しばらくシーソーのように揺れ動いたのだが、結局ヤジロベイのようにバランスを取ったまま、どちらにも傾くことはなかったと言う。

「それで結局どうしたのよ?」

私に問い質され、友人は少し口籠もる。

「どうしたって、そりゃ……ねえ」

実際に友人がした行動は“見守る”だった。

友人には老人を見捨てることができなかった。しかし声をかけてしまえば、長時間囚われてしまい、大切な予定を台無しにしてしまい兼ねない。
そうなると、しばらく遠くから見守り、他の良心の塊のような人が私の代わりに老人に声をかけてくれるのを待つしかなかった。

「その良心の塊って人は現れたの?」

「……うん。一応ね」

「一応って、どういう意味よ」

老人に声をかけたのは、その老人と近い年齢の男性だった。互いの目が合うと、困り果てていた老人は仏のような微笑みになり、ゆっくりとした速度で人混みの中に消えていったらしい。

「なんだ、良かったじゃない。別に困ってたわけじゃなかったんだ。あんたの思い違いだったってわけね」

「でもねえ、なんだか悔しいというか……」

「ふ~ん。だけどさ、そのあんたの安っぽい良心と天秤にかけて揺らがない大切な予定って何だったのよ?」

私の少し嫌味を含んだ問いに、友人はふんと鼻を鳴らして答えた。

「彼と会う予定だったの」

「彼って、あんた付き合ってる人いたんだっけ?」

「だいぶ前からね」

「え、そうなんだ。写真とかある?」

「あるけど……」

私のお願いに、友人は渋々写真を見せてくれた。

「え! これって……」

「そう、この白髪のおじいちゃんが私の彼氏。絶対引かれると思ってたから黙ってたの」

「ごめん。もしかしてなんだけど、私の想像してた天秤の種類とは、ちょっと違ったのかもしれない」

「ん? どういうこと?」
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『なにもない嘘』

その喫茶店には、店員がいない。

来客を知らせるベルも雰囲気を醸し出すBGMもなければ、看板やメニューすらもない。

あるのは、ボタン一つで注がれるコーヒーメーカーとコーヒーカップのみ。

このお店を“店”として表現してもいいのか躊躇われるが、そのコーヒーメーカーの横に招き猫の形をした貯金箱が置かれており、その首から“お気持ちで”という札がぶら下がっているのだから、私はそこを喫茶店と認識している。

私以外にお客さんはほとんど来ない。住宅街にひっそりと佇む、まさに隠れ家的存在のお店。仲の良い友人に教えてもらわなければ一生気づくことはなかったであろう。

私は決まった時間に来店し、決まって同じ席に座る。ここでのひとときは、日々の忙しない喧噪を忘れさせてくれるほど、私にとっては大切な時間であり欠かせないものになっていた。

私は昔、うつ病に悩まされていた時期があった。仕事のストレスが原因だった。そんな時、友人にこのお店に誘われ来店したのがきっかけ。それ以来うつ病も治り、今では心洗われる日々を過ごしている。

店員がいないと何かと不便であると思われるが、そんなことはない。全てが自由であるが故に、他人に対して変な気をつかう必要もないし、それになにより人の目を嫌う自分には丁度良かった。


ただひとつ残念な点があった。


「しかしまあ、なんといっても自分はコーヒーが飲めないのがもったいない。蜘蛛じゃないけどね、飲んだら酔っ払っちゃうんだよなあ」

すると、友人の潤が眉を顰めながら口を挟んできた。

「お前さ。人の家に勝手に上がり込んで来るのはいいけどさ、少しは敬嘆しろよ」

「なんだよ潤。いつも感謝してるじゃないか。その証拠に、飲んでもいないにも関わらず、ちゃんと招き猫に気持ちをいれてるじゃないか」

「嘘をつくな。お前の気持ちは虚けじゃないか」

『女祭司とアルカナ』

「神の御加護があらんことを」

アルカナとそのおばあちゃんは、毎週日曜日に教会で行われるミサに参加していた。

そしてその日のミサが終わり、町人たちがぞろぞろと帰宅の途に着く中、二人は最後まで教会の中に残っていた。それには理由があり、教会の女祭司に挨拶をするためだった。

「ごきげんよう祭司様」

おばあちゃんが先に挨拶をする。

「ごきげんよう。おばあさま。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

「いいえ。これも私の大切なアルカナが傍に居てくれるからですよ」

「それはそれは、アルカナちゃんもお元気そうで」

「ごきげんよう祭司様。あたしは元気よ。――ところで祭司様。ちょっと聞いてもいいかしら」

「ええ、どうぞ」

「最近の祭司様はなんだかお困りのように見えるんだけど、何かあったのかしら?」

アルカナの観察眼は人よりも少し鋭かった。

「流石ですね。確かに最近色々ありまして……」

「何か困り事でもあったのですか祭司様?」

おばあちゃんも心配になり訊いた。すると女祭司は視線を下げ、「ここ数日のことなんですが」と前置きをしてから話し出した。

「教会の入口に柘榴の実を置いてくださる方がいらっしゃるのですが、それがいったいどこの誰なのか……」

女祭司は一度奥の扉に入り戻ってきたその手には、籠いっぱいに入った真っ赤な柘榴の実があった。

「あら、きれいだわね」とおばあちゃんが目を輝かせている中、アルカナは既に瞑想に入っていた。

「……あるかな?」

心配そうに見つめる女祭司に対し、アルカナは努めて明るく「あったよ!」と言った。

「いったい何があったのかしら?」

女祭司の問いに、アルカナは微笑みながら答える。

「その柘榴は小鳥さんが運んだものね。北西にある森の中に柘榴の木があって、そこから運んで来るみたい」

「でも、いったいなぜ?」

「それはわかないわよ。小鳥さんの気持ちまではねえ」

「そうですよね。それじゃどんな小鳥さんなのか、わかります?」

「うん。でもね、その小鳥さんは恥ずかしがり屋さんみたいだから、女祭司様には教えられないわ」

「そうなの。それは残念ですね……。それではこの柘榴小鳥さんのご厚意とわかりましたので、修道女の皆で美味しく頂くことに致します」

それからアルカナは、おばあちゃんと二人で家までの道を歩いていた。その途中でアルカナはおばあちゃんに訊いた。

「柘榴ってどんな果実なの?」

「どんなってねえ……女性にとっては宝石のようなものかしら。美しく輝くために、あったらいいなっていうものなんだろうね」

「それじゃ小鳥さんは、女祭司さんのことをあたし達と同じように崇めていたのかな」

「そうだね。女祭司さんは私たち女性の鏡みたいな存在だからね」
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