十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年10月の記事

『九官鳥の台詞』

「久しぶり」

玄関の扉を開けて入ってきたのは、十年前に別れた元恋人の淳次だった。

淳次とは大学を卒業後、多忙からのすれ違いから徐々に会う機会がなくなり、関係は自然消滅していた。久しぶりに会わないかと淳次の方から連絡があり、聞きたいこともあったので会うことにしたのだ。

淳次は部屋に入るなり舐めまわすように部屋の中を見回す。

「相変わらず、動物が好きなんだな」

部屋の中には使い慣れた動物柄の家具が並び、動物のキャラクターのぬいぐるみなどが所狭しと飾られている。淳次には見慣れた光景だろう。違うのは、部屋の片隅にいる一羽の九官鳥だ。

「ご挨拶して」

わたしがそう言うと、九官鳥はとぼけた表情で人の言葉を発した。

「コンニチワ、ジュンジ」

「へー、すごいね。こんにちは」

「ねえ淳次、久しぶりに会って、話したいことがあるって言ってたけど、何なの?」

「……僕たち、もう一度やり直さないかなって思って」

「アエテウレシイ」

「やっぱりね。そうだろうと思ったわ。でも、どういう風の吹き回しかしら。突然何も連絡無しに蒸発した人が、降って湧いたかのように現れて」

「実は……先月、離婚したんだ」

「ダケドネ」

「なるほど。最愛の人と別れた寂しさで空いた穴を、昔の恋人で埋めようっていう魂胆ね。わかりやすい。ほんと、あなたも変わってないわね」

「だめ、かな?」

「ゴメンナサイ」

「『わかった、いいわよ』なんて言うと思ってるの? そんなに柔だと思われてたなんて心外だわ」

「だよね。でも、それならどうして会ってくれたの?」

「ドウシテモ」

「聞きたいことがあったのよ」

「聞きたいこと?」

「ヤメラレナイノ」

「私は何番目?」

「え?」

「ヤメラレナイ」

「淳次にとって私は何番目の女だったのって聞いてるの。女を洋服みたいに取っ替え引っ替えして」

「い、一番だから今こうしてここにいるんじゃないか」

「ウワキ」

「うそ、うそ、うそ。ここ十年間のあたなのことは全部知ってるわ。探偵まで使って全部調べたもの。キューちゃん、わたしの代わりに言ってちょうだい」


「ダイスキ」

この九官鳥の言葉には、何の意味も温もりもない。しかし、わたしたちの肌が触れ合うことになったのは、台本通り。

情けない。

でも、やめられない。
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『青かげ』

今回は、ペロー童話『青ひげ』ではなく、『青かげ』です。



その日は、一日中泣いていた。

傘を差していても、全く意味がないほど。

あの人は、私の前から突然いなくなった。

蒸発したのなら、いつか水滴となって再び私の前に現れてくれはしないだろうか。

そんな雲を掴むような想いは届きはしない。

現実は残酷にも目の前を通り過ぎていく。

あの人の映ったかげをいつまでも追い続けることに、何の意味もないことはわかっている。それでも追いかけ続けてしまうのは、私のせいではない。悪いのはかげが消えてくれないからだ。

あの人はいなくなったのに、そのかげは今でもずっと私の視界に時折現れる。

そのかげがはっきりと見えるのが、泣いている日。

空模様と相俟って青く見えるそのかげは、何も語らず、ただ私のことをそっと見守るような態度でいる。

相手はかげだから、突き飛ばすことも振り払うこともできない。瞼を閉じても開けばそこにいる。

どうすればいいのか。悩む私に機転の利く友人がこう助言してくれた。

「ふつう、かげって光を当てるとより濃くなるけど、あんたの場合はむしろより強い光を当てた方が良いかもね」

強い光と言えば太陽だろうか。

「太陽ねえ。単純だけど、それでも上に目を向けただけでも進歩かな」

その友人は答えを教えてくれはしなかった。だけど、かげを畏れ迹を悪んでばかりもいられないのかもしれない。

『悦に入る彼』

今日こそは。

私は心に決めて歩みを進める。

「ねえ、これから時間ある?」

「ごめん。今日は享受があるから」

またか。

「わかった。じゃまた今度ね」

私はそう言って、教室から出る。それから柱の陰に身を隠し、彼が教室から出てくるのを待った。そして姿を現した彼は、鞄を片手に足早に帰宅を急ぐ。

これで何回目だろう。彼の後をつけるのは。

彼の家は、大学近くの三階建てのアパートの一階の角部屋。一度部屋に入ると陽が沈み再び現れるまで出てくることはない。
《享受》という言葉を彼は使うが、いったい誰に何を《享受》されているのか。それを知りたかった。

玄関扉の横にあるボタンを押す。――反応がない。もう一度押す。部屋の中で何か物が倒れたような音が聞こえた。しかし扉は開かない。

私が扉の取っ手に手をかけると、力なく扉は開いた。

期待と興奮が優先し、罪の意識は全くなかった。部屋の中へと一歩ずつ動かすのと同時に鼓動が弾んでいる。

玄関の先に淡い光を放つ曇り硝子の扉があった。その向こう側に彼がいる。彼がそこで《享受》されているのだ。

するとくぐもった彼の声が、直接私の鼓膜を振るわせるかのように聞こえてきた。

「いらっしゃい。待ってたよ」

朝露が背筋に一滴落ちたような悪寒がして振り返ると、彼の笑みが側にあった。

『うらがなしい』

「先輩!」


「ん?」


「ちょっと相談したことがあるんですけど?」


「え、どうしたんだ急に?」


「心からのプレゼントってどんなものが良いと思いますか?」


「え……心からのって、た、大切な人にあげるものってこと?」


「ええ、まあそんなところです」


「そうだね、それなら心がこもっていれば、どんなものでも相手は喜ぶんじゃないかな。でもだからといって、相手の喜ぶものでなれば、例え心がこもってたとしても、相手は心から喜べないだろうね」


「そうなんですよ。相手の人は読書が趣味で本をプレゼントしようかと思ったんですけど、相手の趣味に合った本がわからなくて。本好きの先輩なら色々知ってると思って」


「頼ってくれたのはありがたいけどなあ。相手がどんな人かわからないと……」


「それじゃ、誰もが貰って喜ぶような本ってないんですか?」


「え、うーん。なら聞くも涙語るも涙の物語のような本ならどう? 感傷に浸るのも悪くないよ。そういったジャンルの中で良い物語を知ってるからよかったら紹介するよ。俺はそういう話好きだし、そのお相手さんにも勧めたらどうかな」


「そうですね。先輩がそういうなら、それにします。毎回毎回ありがとうございます。先輩は本当に頼りになります。わたし先輩のこと大好きです! それじゃまた」


「あ、……ああ。じゃまた。はあ……しかし、裏には裏がある。そんな気がしてならない。うん」
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