十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年08月の記事

『声、届かずとも』

その後ろ姿は栞にそっくりだった。

暗がりに紛れる白い浴衣は、重次の目には提灯の灯りよりも目立って見えた。

栞は闇に誘われているかのように喧噪から離れていく。気にせずにはいられなかった重次は、仕事のことも忘れてその白い浴衣の影を追った。

境内の奥には本堂を丸々縮小したような小さな社がある。そこにある両手で収まるほどの賽銭箱にお金ではなく、願い事を書いた紙を入れると願いが叶うという話があった。しかし、それは幼い少年たちのおまじないのようなこと。それを素直に信じる大人たちは少ない。

やはり栞はその社の前に立っていた。そして、その賽銭箱に一枚の紙を入れて手を合わせている。声をかけるべきか重次は悩んだ。まだそこにいるのが栞だという確信が持てなかったからだ。

すると栞が何かの気配に気づいたかのように突然振り返った。その顔にはプラスティックの面を被ってはいたが、顔を左右に動かして明らかに怯えている。いや、泣いているようだった。

膝を曲げその場に蹲ってしまった栞に、重次は意を決して近づいた。

「栞だよね。大丈夫? どうしてこんな所に一人でいるの?」

重次の顔を見上げる面は、微かに笑っている狐ではあったが、その二つの穴から見える月明かりを反射する瞳は、確かに涙で滲んでいた。

「……ごめん。わたし、やっぱりできそうにない」

なぜ謝る。できそうにないとはいったい何のことを言っているのか。

重次が再び栞に問い質そうとした時、やおら立ち上がり目の前にいる重次を無視してその場から立ち去ろうとした。

まだ何も聞けていない。
透かさず重次は栞の腕を掴もうとするが、空振りに終わる。そしてそのまま追いかける間もなく栞は来た道を戻って行ってしまった。

ふと重次は、先ほど栞が小さな賽銭箱に入れていた紙が気になった。社に近づき賽銭箱を覗く。そこにはたった一枚だけ白い紙が入っていた。ちょうど表が上になっていてそこに書かれている文字が見えた。


“今すぐ、重次に会いたい。”


こんな願い、叶わない方が良いに決まってる。しかし賽銭箱に入れられた紙を取り出して、破り捨てることはできない。

再び栞を追いかけようとした重次は、一歩踏み出す前に糸で背中を引っ張られたかのように一瞬思いとどまった。

――いや、もう叶ったとも言えるのではないだろうか。

そうだと信じ、あの栞の言葉も信じるしかなかった。

その日の祭り囃子は、いつもより重次の耳に残った。
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『ほりさげれば』

「ねえ、本当にこんな作戦成功するのかな」


「なんだよ今更。もう後には引けないんだよ。俺たちが盗んだ金は、手元にあればいつかは見つかる。すぐに使えば足が付く。だから一旦は隠しておいて、時間が経ったら思う存分使うって最初に決めただろ」


「だってさ、こんなところに穴掘って、ずっと隠し通せるほど甘くないよ」


「そんなこと言ったって、他にどうしようもないだろ。運良く見つからないことを祈るしかねえ。その確立を少しでも上げるためにも、もっと深く掘らなきゃ」




「これぐらいで充分じゃない」


「そうだな、――よし」


「え! 何を、ああ」


「ふっ、これで俺の罪を知るものはいなくなった。許せ」


「……どうして」


「悪いな、初めから盗んだ金は独り占めするつもりだったんだ。今回掘った穴はお前の墓穴だ。墓穴を掘るとは、まさにこのことだな」


「ちょっと待ってよ! それじゃお金を隠す穴はどうするつもりなの?」


「もう別の場所に掘ってあるさ。そもそも、そこまで深い必要はないだろう。そのためにわざわざ人気の無い山奥を選んだのだからな」


「そんな……僕ら学生の頃からの長い付き合いだってのに。今まで仲良くしてきたのも、最初から撫物みたいにするつもりだったのか。――の、呪ってやる。絶対呪ってやるからな!」


「やめておけ。俺はそういったオカルトなものは信じない質なんで。それに昔から人を呪わば穴二つって言うだろ」

『眠れぬ仮の美女』

お久しぶりです。今回は『眠れる森の美女』ではなく、『眠れぬ仮の美女』です。


深夜十二時を過ぎた。

眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。

喉が渇きを覚え重い身体を起こして台所に向かった。そしてコップに注いだ水道水を飲んでいると、玄関の方から物音がした。

帰宅時の記憶が瞹眛だった。閉め忘れたかもしれない。夢現でも誰かが部屋の中に入ってきたような気配を感じた。

なぜか息を潜め、その気配の正体を探ろうとした。壁沿いに手を伸ばし、灯りのスイッチを押す。一瞬目を眩ますほどの光に包まれた部屋には、どこにも何者かの存在はなかった。眩さとともにきえてしまったのだろうか。

気のせい。今まではそんな便利な言葉で片付けてきたが、いつまでも手をこまねいていても仕方がない。

携帯電話の電源を入れ、恐る恐る確認してみた。映し出された画面には、同じ番号の着信履歴が無数に残っていた。消してもすぐに溢れる番号を見るのが恐ろしく、しばらくの間電源を消していたのだが、あの存在を目の前から消すには、携帯電話が必要だった。

すると薄暗くなっていた画面が光り出し、そこには脳に入れ墨のように刻まれた十一桁の数字が表示された。

ボタンを押し、携帯電話の受話器に向かって言った。

「もう、これ以上つきまとわないで」

相手からの返答は無い。ただ、耳元では心音とともに何かの荒い息づかいが聞こえていた。

「やめてって言ってるでしょっ!」

今度は叫び声にも似た激しい口調で言ったのだが、相変わらず反応はない。これもまた、同じことの繰り返しだった。

煙みたいな存在の相手に、嘘偽りもなく自分をさらけ出す日が来るとは、ゆめゆめ思いもしなかった。

一度唾を飲み込み、大きく深呼吸をしてから受話器に向かって叫んだ。

「いい加減、俺の前から消えろって言ってんだろがぁ!」

『腐葉土になった彼』

初夏の木漏れ日が降り注ぐ森林を独り、当てもなく巡っていると一人の男性に出逢った。

背の低いわたしを上から見下ろす形で彼は微笑む。――あの時と同じ。光を通してしまうほどの透き通った白い肌。手足は細くて長いのにも関わらず、彼から溢れ出す包み込むような温もりは、わたしにとてつもない安心感を与える。

そう、前に出逢った時も同じように感じたはず。それによってわたしは一瞬で恋に落ちたのだ。

ただ、何かが違う。一年前のこの場所で出逢った彼とは。


彼は言った。

「君は独りかい?」

わたしは小さく頷く。

「君みたいな婉然な女性が訪れる場所ではないから、すぐに戻りなさい。って言いたいところだけど、僕と君がここで出逢ったのは何かの縁。君にひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」

微笑みながら言う彼の言葉は、神による何らかのお告げのように聞こえてきた。すぐにでもひざまずき、両手の指を組ませながら天を仰ごうとまでする勢いだった。

「お願いは単純、一年後もう一度この場所に来てくれればいい」

「一年後?」

彼は無言で頷く。一瞬わたしは返答を躊躇った。しかし彼の天使のような微笑みに、わたしは無意識に頷いていた。


彼のお願いの真意が何なのか。それをわたしはすぐに理解できた。わたしも彼と同じ想いであったから。

そのお願い通りにわたしは一年後、同じこの場所に戻ってきた、と言えるのだろうか。

疑念の余地を残す原因は、彼の容姿の変貌があまりにも大きかったことによるものだった。この場所が、一年前と同じ場所なのかさえ不透明であり、何か目印になるものを残しておけば良かったと今更後悔しても遅い。ただ、戻ってきたとしても、何もできない無力さに心が痛んだ。

好きになった人の顔を忘れるなんて有り得ない。だけど、好きになった人の骨格までも記憶しておくことは難しい。太い木の枝から垂れ下がっていた彼の軆は、しなとの風に吹かれて今は枯れた落ち葉のようになっていた。

一年前のあの日、彼はわたしが頷くと同時に首を吊った。驚嘆することもなく、彼の垂れ下がった四体を見つめながらわたしが最初にとった行動は、その場から離れることだった。

遠くへ、できるだけ遠くへと、歩みを進めて行く。彼の真意に背くことになるかもしれない、そんな想いがわたしの瞳を涙で包み込む。適当な場所でわたしは立ち止まり、そしてわたしは彼と同じように首を吊ったのだった。