十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年06月の記事

『蜘蛛の巣後光』

雨上がりの夕刻、秀志(てるよし)は地元にある小さなお寺を訪れていた。

そのお寺は秀志が幼い頃から何度も遊びに来ていた場所で、本堂へと繋がる真っ直ぐな階段はとても急なものであった。
距離も相当なもので、お年寄りや子どもが上り下りするには少し厳しい。陸上部などがトレーニングで使用しそうなほどの代物。中央に藁縄でできた手摺りはあるものの、足腰にかかる負担は相当なものだった。

秀志には何か特別願い事などがあるわけではないのだが、このお寺に足を運びお賽銭を入れて合掌する。そして日頃の感謝を阿弥陀如来様に伝えるのが日課になっていた。

鳥居をくぐり階段を上りきったところで、秀志の前に四人組の若い男女が賽銭箱の近くで屯していた。なるべくなら静かに参拝したいと秀志は思っていたので、彼らがその場を離れるまで、側にあった錆び付いた長椅子に腰掛けて待つことにした。

しかし、四人の男女は話に盛り上がり、なかなか賽銭箱の近くから離れようとしない。秀志の存在にも気づいていないようだった。

しばらくすると、ようやくその男女は賽銭箱から離れて帰って行った。しかしすぐに今度は別の若者たちが姿を現し、小走りで賽銭箱に近づくやいなや、長いこと手を合わせていた。

そういえば最近テレビか何かで、このお寺が幸運の場所とか何かの御利益があるというのが、インターネットで広まっているという報道を目にしたのを秀志は思い出した。そのせいで今日も来訪者が後を絶たないのだろう。お寺にとっては良いことなのかも知れないが、秀志にとっては迷惑な話であった。

お寺を囲む木々の陰が線のように細長くなりだした頃、ようやく静かになった。

秀志は賽銭箱に近づき、中に一万円札を入れて合掌した。

「今日はくじ運がなかったようです。――阿弥陀様」

合掌を終えてお寺を後にしようとすると、お寺の住職が秀志の元に近づいてきた。

「こんばんは、秀志さん」

「こんばんは、住職さん。お変わりなくてなによりです」

「いいえ。私ももう年ですんで、老体に鞭打ってなんとかです。でも、このお寺の構造上、お年を召した方やお子様は足を運びづらいので、秀志さんみたいな若い方にたくさん来てもらえるようになって感謝しているのですよ」

夕日を背に立つ住職の背中には、ちょうど木々の間から漏れる光線が当たっていたため逆光となり、その仏のような笑みをはっきりと拝見することはできなかった。
スポンサーサイト

『瞹眛喫茶』

休日の昼下がり。時間を持て余した僕は、新しく引っ越してきた町を知ろうと散歩がてら住宅街を歩いていた。すると、家と家の間に無理矢理押し込んだように佇む喫茶店を見つけた。

外観は特別異彩を放っているようなことはなく、他の一軒家と何ら変わりない。大きな看板が置いてあるわけでもないのに、僕がこの喫茶店を発見したのは、本当に運が良かったのかも知れない。お店の入り口には門柱があり、そこに表札のように《喫茶店》と書かれた札が掲げられているだけであった。

吸い込まれるように僕はお店の中に入った。
店内は薄暗く、しかし怪しい雰囲気ではない。のんびりと瞑想できるような落ち着ける空間というのが第一印象。
見たところ、カウンター席が3つ、いや5つ。そしてテーブル席が1つ、いや2つだろうか。確かに席のように見えるが、お客側の立場として、それがお客が座っても良いものなのか判断しかねる席がいくつかあった。
カウンターの向こう側にはこのお店のマスターとおぼしき白髪の紳士が一人。いらっしゃいませと声をかけることもなく、僕と目が合うと小さく頷いただけであった。とりあえず私は一番近くにあったカウンター席に腰掛けた。マスターは何やら黙々と手元で作業をしているが、椅子に腰掛けだ状態では窺い知ることはできなかった。わざわざ覗き込むのも憚られたので、僕の手元にあったメニュー表に目線を移した。

そこに書かれていたのは、あまりにも瞹眛なメニューであった。


~メニュー~
珈琲のようなもの
紅茶のようなもの
緑茶のようなもの
菓子のようなもの

店主のお薦め


《~ようなもの》というのいったい何なのか。この瞹眛さが、僕のこの喫茶店に持つ印象を恐怖に似たものへと変化させた。それに《店主のお薦め》という文字だけが、目立つように赤い字書かれている。ただ、店の中に入り席に座ってしまったのだから、何も注文せずに帰ることはできない。
ただ、僕は注文する前に今一度店内を見渡してみた。するとよく見ると、マスターの背後には怪しげな黒いカーテンがあり、奥に何やら別の空間が存在しているようだった。それに気づいた瞬間、僕の脳裏にはいかがわしい想像ばかりで溢れた。

前言撤回、僕は今すぐお店から出ることを決意した。
できる限り音を立てないように腰を上げ、出入り口の扉に近づいた時「すみません」と低い声で呼び止められた。

僕は背中を急に引っ張られたかのように立ち止まり恐る恐る振り返ると、マスターが僕の方を見つめていた。

「お客様、次回のご来店の際には、思い人のような方とのご来店をお薦め致します。その際には、本日よりも良いサービスをご提供させていただきます」

マスターの言葉に首を傾げながら僕は店を後にした。しばらくしてから僕は自分のシャツの胸ポケットに二つ折りのカードのようなものが入っているのに気づいた。そこには《瞹眛喫茶》という店名とともに千円札が挟まれていた。折られた部分を広げると、マスターからの言葉が綴られていた。

《私からのお気持ちのようなものです。》

反社会的な行為に手を染めてしまったかのような恐怖と、異空間の空気に当てられた好奇心とが複雑に混ざり合って、僕をその千円札を近くのごみ箱に捨てるという行為に迫らせた。


ただ、自分の財布からお札が一枚減っていることに気づいたのは、再び《瞹眛喫茶》を訪れた時だった。

『あんずるべき』

「詰まるところ、栴檀は双葉より芳しってことだ」


「どういう意味です?」


「幼い頃から彼には人を欺く才能があったということだよ。友人たちに好かれようと明るく振る舞い、親の前では秀才を気取り、教師や目上の人に対しては誠実を装う。しかし彼の本性はそれとは正反対だった。本性を隠して何十年も生活できる人間はそうはいない」


「でも先輩、彼には幼い頃虐めにあっていたという情報もあります。そういった場面で彼の本性とやらが、爆発しちゃってもおかしくはないですよね」


「確かにそうだが、その程度、いやその程度と言っては語弊が生じるが、彼にとっては虐めというのがその引き金にはならなかったのだろう。だからこそ、今回のことは俺たちだけじゃなくて、彼の周りの人間や更には多くの世間にも衝撃与える形になってしまったのだ。彼の役者という職業は転職でもあったが、導線の短いでもあったのかもしれない」


「それじゃ今回、彼の本性を爆発させてしまったその引き金とは一体何だったんですかね」


「恐らく彼の積み重なった思愛が、彼を変えてしまったんだろうな。これといった決定打を知るには当人に聞かねば解るまい」


「そうですね、自分も今度会った時にでも聞いてみます、彼に。あ、でも本人に会ったら気をつけないといけませんね。もう彼じゃなくて彼女になってるんですから」
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。