十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年05月の記事

『サルの芸事』

一匹の芸達者なサルが、木々に囲まれた森の広場で住民たちにその芸を披露していました。その芸は他の動物たちにはもちろん、同じサル同士でも一目置く存在でありました。

するとその芸を初めて観ていたキツネが言いました。

「さっぱりだ。いったい何がすごいのかわからん。それにそんなもの何の役にも立たないだろう」

芸の途中、そのキツネは居眠りまでしていました。
その言葉に反論するかのように、同じく芸を観ていたリスが皮肉を交えて言います。

「いやあ、何度観ても素晴らしい。利便性なんて考える方がどうかしてる」

リスは大袈裟に手を叩いて、サルの芸を賞賛します。

そんな二匹の様子を、少し離れた所で眺めている老いたサルがいました。その老いたサルは、地に足を着けて生きてきたような風格があり、その瞳は冬枯れの梢のように鋭いものでした。

老いたサルは言います。

「流石やな。あの芸当、三日三晩でできるもんやない。しかも、今回はまた少しばかり変えてきよったわい」

確かに芸達者なサルの芸は、素人目には全くわからないほど繊細な技術が必要でありました。さらに才気溢れるサルは、毎回同じことをしても飽きてしまうという理由から、実は少しだけ芸の技を変えていました。


芸事を十分に楽しむには、確かな嗜みは必要不可欠。その方が満足感は大きいものです。
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『怯え鳴く聲』

薄暗い早朝、都心の仕事場へと向かうため、会社員の男性が駅のプラットホームで始発電車を待っていた。

快速電車の止まらない、廃れかけた駅が彼の最寄り駅。ホーム内には男性以外誰もいなかった。静寂として遠くにいる鳥の地鳴きさえも聞こえてくる。いつもと変わらない風景が底には広がっていた。

するとそこに、珍しく一人の女性がやってきた。女性は男性とは少し離れた位置で立ち止まると、その美しい濡れ羽色の髪なびかせた。男性がそれに見惚れているとアナウンスが流れた。

《まもなく電車が通過致します。黄色い線の内側までお下がりください》

この時間帯に通過する電車といえば、貨物列車ぐらいだった。男性は、念のため一歩下がる。すると遠くからレールを伝わって車輪の音が微かに聞こえてきた。見ると、予測通り貨物列車が姿を現した。

突風とともに男性のすぐ目の前を貨物列車が通過する。その刹那、男性の左足に強い衝撃が襲った。男性はよろめき倒れそうになるが何とか踏ん張り、黄色い線からはみ出すことはなかった。

いったいなにが起こったのか一瞬パニック状態に陥った男性が視界に捉えたのは、電車が通過した後に残った線路の奇天烈な状態だった。

線路の一部がまるでぽっかりと穴が空いてしまったかのように黒く染まっていたのだ。光の加減でそう見えているのではない。確かに一部の色が変色している。男性はふらつく足でホームぎりぎりまで歩き、身体を乗り出して線路の状態を注視した。

するとその黒ずみは真っ黒ではなかった。所々に濃い赤色が混じっている。そしてさらには、その変色が何十羽の烏で彩られたものであったのだ。

それに気づいた男性は恐怖に尻餅をつきながら後退りをした。そしてふと自分の左足を見ると、一羽の扁平した烏がへばりついていた。

男性が上げた叫び声は、閑古鳥が鳴く駅に割れるように響いた。

『浮かない空気』

拝啓
お天道様がご活躍する季節がやって参りましたが、先生はいかがお過ごしでしょうか。私は相変わらず忙しい日々を送っております。

さて、過日は私たってのお願いを快く引き受けて頂き、心より感謝しております。あの日以来、なんと言っていいのでしょう、身体を締め付けていた枷が外れて、宙に浮いているかのような感覚が続いております。
風船を膨らます時、口から空気を入れたものでは、宙に浮きませんが、ヘリウムガスを使うと浮きますよね、その感覚に近いのです。今までで会ってきた先生方は、私にただの空気しか入れてくれませんでした。なので余計身体は沈んでいくのです。しかし先生は、私にヘリウムガスを入れてくれました。そのおかげで私の身体は宙に浮くことができたのです。そのことについては本当に感謝しています。

ただ、先生は一つ、風船がどこまでも果てしなく飛んでいかないようにつける紐を、私にこっそりとつけましたね。最初は私自身も全く気づきませんでした。流石です。しかし、その紐に気づいた時の衝撃は、再び私を沈ませるようなものでした。それが私のことを思ってつけたものであるとは理解しています。しかしそれと同時に、先生は先生自身の身を守るためにつけたものではないのかと訝しむこともできてしまいました。それを肯定する根拠もないですが、否定する根拠もないのも事実です。

ですが、この紐は容易に取れるようになっているようです。予防線といったところでしょうか。先生はお人が良すぎますし、甘過ぎます。塩と砂糖を間違える程度では済まないこともあるのですよ。気をつけて下さい。悪い輩はそんな先生の人柄を悪用しかねません。しかし今回は、その甘さが功に転じたのも確か。私が言える義理でもありませんでした。どうかお許しを。

今回のことで、先生に直接お礼を申し上げられないのがとても心苦しいのですが、先日お送りした品物は届いておられるでしょうか。敢えて差出人の名前を明記しなかったのは、紐をつけた先生への当て付けです。申し訳ございません。しかしこれでお相子と言うことで。

品物は私が作った鼈甲細工です。先生には少しばかり違和感を与えてしまうかも知れません。しかし、それは私の意思、そのものだと思って頂いて構いません。できることなら肌身離さずお持ち頂けるとありがたいのですが、強制はできません。ご自由にお使い下さい。

それでは、先生の今後のご活躍とご健康をお祈り致します。ありがとうございました。
敬具

追伸:病は気からとは言いますが、空っぽの気ではやくにたちませんね。