十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年04月の記事

『もれなくどうぞ』

「ここにいるA氏、B氏、C氏、そしてD氏。この四人の中に犯人がいる。それで間違いないんですよね、先生」

「ああ、確かに四人ともアリバイは無く、被害者を殺す動機も十分だ」

「それじゃいったい、誰が犯人なんですか?」

「待て待て、それを話すには、まだ時期尚早だよ」

「どうしてです?」

「何事に置いても順序は大切だ。途中の過程を省いてしまえば、終盤への衝撃が薄れてしまうだろう。《お前が犯人だ!》と声高々と言い放った後に、その犯人の殺人方法や動機などを語ったところで、メインディッシュの後に前菜を食べるようなもの。味気ないし胃にも良くないのさ」

「なるほど。ですが先生、お時間の方もあまり無いみたいなんですよ。四人の容疑者たちも自分を疑われて苛立っていますし、もしこの中に犯人がいるのだとしたら、その凶悪な犯人が痺れを切らして何をし出すかもわかりません。何卒お願いします。……胃薬もありますから」

「それについては心配御無用。この期に及んで再び殺人を犯そうなどという輩がこの場にいるのなら、私も抜かりなく警戒はしてきている。ただ、本当に時間が惜しいというのなら、私の代わりに君が犯人を言い当ててくれても構わないのだが」

「え、でも、私には誰が犯人なのか――」

「わからないとでも言うつもりかね? 君も私の下で働いて何年になるんだ。もうそろそろ独り立ちしてもらわないと困る。憶測でも構わん。言い放ってみよ。助け船は出してやる。大丈夫だ、天網恢々疎にして漏らさずだよ」

「……わかりました。やってみます」


《犯人はここにいる四人、全員です!!》

「ご名答」
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『帰るの負う様』

今回は『蛙の王様』ではなく、『帰るの負う様』です。


仕事終わりに酒を飲む。それが社会人のルールだ。

いや違う。
IT企業という光沢のある薄い膜のような会社に付着する私は、その膜の中で気持ちよさそうに包まれている上司に肩を抱かれ、ネオンサインに彩られた夜道を歩きながら屈託していた。
仕事の疲れがお酒によって癒やされるのは、一部の酒乱たちのくだらない言い種である。むしろ年を重ねた老いぼれこそ、まっすぐ家に帰り睡眠を取った方が疲れは取れるはずだろう。

堰板を外したように日頃の鬱憤を聞かされる。避けては通れない道だと諦めている人もいるが、私は違う。ネオンサインを抜けた先には静寂に包まれた帰り道が存在する。そこに向かって歩みを止めるつもりはなかった。

当然、帰れたとしても、それ相応のリスクは伴う。信頼は薄れ、人間関係には飽和しきったシャボン玉のようになる。割れてしまえば仕事も続けられなくなるだろう。

ただリスクを恐れていては帰ることはできない。

まず、絡まる上司の腕から逃れ一歩下がる。そして一言「帰ります」というのだ。

相手は一瞬ふいを突かれた様子になる。そこから「いやいや」と、もう一度腕を絡めてこようとした瞬間に頭を下げるのだ。たとえ掴まれたとしても、先手を打っておけば容易に振り解くことはできよう。
但し、ここで注意しなければいけないのが、一瞬たりとも躊躇してはいけないということ。その躊躇いが、大きな隙を生み、帰ることができなくなってしまうのだ。

頭を下げた状態のまま歩き出す。上司の声に応えてはいけない。人混みを分け入るように歩いて行き、喧噪を抜ければ成功だ。


この日も私は成功した。これでこの会社ともおさらばだ。私は職場を変えるごとに、このリスクと戦ってきた。だから今までに何度も割れたシャボン玉を見てきた。

ゴム製の風船とは違い、シャボン玉は割れた後、跡形も消えてなくなってくれるから好きだった。

『ドライアイスのような麗日』

十和子の娘であるひとみが十二歳という若さでこの世を去ったのが、ちょうど二年前。これから暖かくなろうという季節。
母子家庭だった十和子にとって、たった一人の家族を失った悲嘆は、想像を絶するものだった。

そんな憔悴しきった十和子を救ったのは、ひとみが残した少し変わった手紙であった。
その手紙が見つかったのは、ひとみが使っていた勉強机にある鍵のついた引き出しの中。鍵がかかっていたので、しばらくはそのままにしていたのだが、十和子が部屋を引っ越す際に机を手放さなければならなくなり、思い出の品だけでも残しておこうと、全ての引き出しの中を調べている時に見つかった。

引き出しの中には、鋏で細かく切られた折り紙の残骸が、その手紙を包み込むように敷き詰められていた。よく見ると、その折り紙は白と桃色の紙のみだった。それを見た途端、十和子は再び二年前の惨劇を思い出してしまった。

どうしてひとみはこの世を去らなければいけなかったのか。

ひとみはこの勉強机があった部屋の窓から飛び降りた。十二階の高さから。遺書は見つからなかったものの、警察は状況から見て自殺と判断した。ベランダのある窓ではない。それに十二歳の少女が誤って転落する可能性も低いと。それに後から調べると、ひとみは通う学校で苛められていた。

十和子は折り紙の残骸から手紙を手に取り、確認する。しかし、その手紙は遺恨の詰まった遺書でもなく、ましてや十和子に宛てたものでもなかった。

手紙を読み終えた十和子は、徐に部屋の窓を開けた。そこから二度と見ることはないだろうと思っていた景色を再び眺めた。当然だが、そこに赤く歪んだひとみの姿はない。

いたのは、空を舞う青く透き通ったひとみの姿。

春の温かい風が、ひとみを見えなくなるまで空高く運んでいった。
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