十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

2014年01月の記事

『驕りたかぶる』

私のクラスのJは、昼休みになると独り教室から出て行ってしまう。いつもどこに行っているのか気になりつつも、私は他の友人たちと遊んでいる。

私にとってJは中学に上がり初めて会話をした友人だった。その時の印象を一言で表すなら、陰鬱。背中に真っ黒な翼を生やしているといったような。翼と云っても、それで飛び立つというよりは、その翼で自らの身体を包み込んでしまうために生えているようなものだった。

ある日、私は午前中の授業中に体調を崩し、保健室で横になっていた。食欲もなかったので給食も食べず、昼休みになっても体調が回復しなかったので、保健の先生に言われ早退することになった。

友人に教室から鞄を持ってきてもらい帰宅する準備をしていると、保健室の窓からJの姿が横切るのが見えた。その時間は昼休み。窓の向こう側には、他の生徒が学校のグラウンドで遊んでいる姿も小人のように見えるが、それよりも少し大きくJの姿が見えた。

気になった私は、優れない体調を押してJの後をつけることにした。校舎を出てJの姿が消えた方向には駐輪場があるはず。

駐輪場には当然のごとく誰もいない。グランドから聞こえる生徒たちの声が、閑散とした駐輪場に虚しく響いている。

その一角にJはいた。Jは何をしているのだろうか。私の自転車もちょうどJの側にあったので、忍び足で近づくもの不自然である。気にしていないふりをしながら歩いて行くが、Jは全く私の存在に気づかない。

声をかけようか迷った。早く帰りたいという気持ちもあったが、Jが何をしているのかを知る方が、今の私にとっては優先順位が高かった。

背後からJの側に近寄る。するとさすがに私の存在に気づいたJは、何かを隠すようにして振り返り私を見た。その目は敵対する相手を見るかのように血走っていた。そしてJは言った。

「お前にはやらないから」

その言葉の意味を理解することができず、私は「なにを?」と問いかける。

「なにもかも」

私はJから何かを奪うつもりは毛頭ない。異様な殺気を放つJに対してこれ以上の問いかけは危険な香りがしたので、私は「なにもいらないよ」と素直に答えた。

するとJはほくそ笑み、再び私に背中を向けた。

その背中に生えていた翼は、両翼を多く広げて私との間に大きな壁を作った。ただよく見ると、少し震えていた。
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『おもちゃのような月』

小雨の降る中、郊外にある少し小高い丘の頂上に向かって歩いていた。

今日は珍しいものが見られるかも知れない。そう思ったからだ。

天気予報では、日が暮れるころにはこの雨も止む。そしてこの雨雲がこの町の上空から遠ざかってくれさえすれば恐らく。そんな期待が膨らんでいた。

予報通り丘の頂上に着くころには雨も止み、湿った空気だけがその丘を包み込んでいた。下から吹き上げてくる風も髪を持ち上げられるほど強い。この風が雲を運び、その雲がいなくなった場所から顔を出す満月を待っていた。

珍しいものというのは、月光虹だ。普段雨上がりに太陽の光の屈折や反射により見ることができる虹は、月明かりでも見ることができるらしい。しかも夜にもだ。海外などでは、それを見ると幸せが訪れるという話もあるらしい。

空を見上げる。まだ月は雲の中だ。

丘の頂上に街灯はなく、ほとんど何も見えない状態。アナログの腕時計では、今の時刻を確認することができない。せめて月明かりに照らされてさえいれば、僅かでも確認できたはず。丘の頂上に来てから何時間経っただろう。自分の感覚だけだと二、三時間。いや、もっと経っているかも知れない。

いつのまにか風の勢いも弱まっていた。今日はもうあきらめて帰ろう。名残惜しいが、そう決心して丘を下り始めた。


Moon bow。月光虹のことを英語ではそう呼ぶらしいけど、なんだか片仮名にすると男の子のおもちゃみたいな名前だなと調べているときに思った。ムーンボウ、ムーンボー、ムーン坊。そういう名前のおもちゃがあってもおかしくない。

空に浮かぶ月もおもちゃみたいに簡単に動かせたら、今の時刻も知ることができたし、ムーンボウも見られたかも知れないのに。

『片耳からの凶音』

小学三年の夏休み。
僕は同じクラスの友達と近所の駄菓子屋で遊んでいた。その駄菓子屋には、九十歳近いおばあちゃんがレジの前にいて、遠くから見たら生きているのか死んでいるのかわからない程ほとんど動かない。

おばあちゃんはいつも小型のラジオを置き、イヤホンを片耳につけて時折不気味な笑みを浮かべる。どんなラジオを聞いているのか気になった友達が、一度空いているもう片方のイヤホンを触ろうとしたら蠅を叩くかのように手を叩かれたそうだ。

いつものように十円程度のお菓子を漁っていると、一人の友達が小声で言った。

「なあ、あのばあちゃん、寝てないか」

レジの方を見ると、確かにおばあちゃんは目を閉じている。しかし目を閉じているだけでは、寝ているとは限らない。片方の耳にはしっかりとイヤホンがついている。

「どうだろう。いつもあんな感じじゃない?」

「ちょっと、確認してみる」

友達は適当にあめ玉を手に取り、レジに向かっていく。

「これください」

友達の声量は、いつもより小さかった。そのためか、おばあちゃんは全く反応しない。友達はもう一度、今度は少し声量を大きく言うのだが、おばあちゃんは何も答えないどころか水飲み鳥のように身体を前後している。

僕のところに戻ってきた友達は、黙って頷き「あれは寝てる」と一言添えてあめ玉をポケットに入れた。
僕はその友達の行動に目を疑うようなことはなかった。友達がこの駄菓子屋に来る度に、何か商品をくすねることは日常茶飯事だったからだ。ただ今回ばかりはいつもの緊張感がないので、友達も満足していない様子。しかし次第に以前失敗した、おばあちゃんがラジオで何を聞いているのかを知るチャンスが舞い込んできたことに、友達の好奇心は沸き上がっていた。

早速友達はおばあちゃんに歩み寄っていく。空いている片方のイヤホンは、おばあちゃんの首元からだらしなく垂れている。友達はクヌギの木に止まるカブトムシを捕まえる時のようにゆっくりと垂れているイヤホンを手に取り、自分の耳につけた。

するとその途端、友達は何かに驚いたかのように身体をビクつかせた。そしてイヤホンを耳から外しておばあちゃんから離れた。どうしたのかと聞こうとすると「ごめん、先に帰る」と言い残し、僕を置いてお店から出て行ってしまった。

その様子を見て、気にならないわけがない。僕は恐る恐るおばあちゃんがまだ目を閉じているのを確認してからに近づき、イヤホンを自分の耳につけた。するとどうだろう。イヤホンからは何の音も聞こえない。その瞬間、何者かの視線に気づいた。目線を上げると、今までに見たことないおばあちゃんの鋭い視線が、そこにはあった。そして、ひび割れた口元から濁った声で「あんたは許してやる」と発せられた。

『少年が拾った勲績』

昼に仕事が終わり、いつものように近所のスーパーで買い物でもしようかと思い歩いていると、途中にある公園に、ひとり寂しくベンチに座るの小学生くらいの少年が視界に入った。

見覚えのある顔だった。しかし、はっきりと思い出せない。

近づくと、その少年が自分に気づいて顔を上げた。するとまるで助けを待っていたかのように立ち上がり自分に近づいてきた。

「おじさん。どうしよう」

やはりこの少年と自分は知り合いなのか。相手は顔を見ただけで思い出したのに、自分は未だに思い出せない。しかし、助けを求めている少年を無視するわけにもいかなかったので、腰を屈んで対応した。

「どうした?」

「財布拾っちゃった」

少年は拾ったという財布を見せてきた。
黒い長財布でどこかの有名ブランドもの。中身もカードや現金は残っていて、お札も結構な枚数が収まっていた。この純粋な少年が拾ったことで持ち主も救われただろう。
一緒に交番に届けようかと提案する前に、確認しておいた方が良いと思い「どこで拾ったんだ?」と聞くと、自分の問いに少年はすぐには答えなかった。なにやら口籠もっている。しばらくすると「こっち」と蚊の鳴くような声で言い、少年は歩き出した。

少年の後をついていくと、自分が住んでいるアパートに行き着いた。その時ようやくその少年が、自分の部屋の隣の住人だったことを思い出した。少年は確か母親との二人暮らし。引っ越しの挨拶の時にちらっと顔を見たぐらいだったので、朧気な記憶だったのだろう。母親とは何度か顔を合わせていたので、鮮明に記憶あったが少年とはこれで二度目だ。恐らく母親の方が自分のことを少年に話していたから、少年はすぐに自分に気づいたのだろう。

辺りを気にしつつ少年は自らの部屋に自分を招き入れる。いったいどういうことなのか説明してもらおうと思い、少年に聞こうとすると、少年は部屋にあるテーブルの上を指し「ここ」と言った。

これは《拾った》と言ってもいいのだろうか。それにこれではいくつかの疑問が浮かぶ。少年が見せてきた財布はどうみても男物。母親と二人暮らしの部屋にあるのは不自然だ。さらになぜ少年は部屋の中にある財布を《拾った》と言ったのか。

そこから考えられる結論は一つ。この財布の持ち主は母親の恋人あるいは友人であり、この部屋に出入りしている人物。そしてこの少年はその人物を快く思っていない。だからテーブルの上に置いてあったその人物の財布を持ち去ったのだ。少年ができる僅かながらの抵抗のつもりだったのだろう。しかし、しばらくしてから後悔の念に苛まれ、自分に助けを求めた。ひとりではどうしようもできない無力さを恨むが、それを正直に認めてしまえば怒られてしまうかもしれない。だから《拾った》と嘘をついたのだ。


しかしまあ、少年は《拾った》と言っているのだ。それを未だに否定はしない。それならば、少年を救ってあげないわけにもいかない。だから少年に言った。

「よし、わかった。この財布はおじさんがちゃんと交番に届けるから心配するな。後は任せておけ」

自分はそう言い残し、部屋を出た。

しかし交番には向かわずに近所のスーパーに入った。適当に商品をかごに入れてレジに並ぶ。自分はレジを打つ女性に向かって少年が《拾った》という財布を見せた。

「この財布、おたくのお子さんが《拾った》って言ってましたよ、部屋の中で。変ですねえ。いったい誰の財布なんですかね。知ってますか、静枝さん? もし良かったら僕にも教えてもらえません?」

その財布を見た静枝は、目を丸くして固まっていた。

これで少年も、そして自分も救われる。

『羽根虫たちの夢』

仲間が集まる光に向かって飛んでいると、背後から声がした。

何がやりたいのかって、そいつは唐突に聞いてきた。

初対面の相手に対して不躾な質問だなと思い、俺は無視してやった。

それでもそいつは何度も同じ質問をしてくるので、俺の我慢も限界になった。だから答えてやった。

「知らん!」って。

するとそいつはウシシと嗤った。腹が立った俺は、そいつに同じ質問をしてやった。お前こそ何がやりたいのかって。

そしたらそいつは嗤うのを止め、真剣な顔つきになったかと思うと、急に夕日を見て黄昏れる人間のように語り出した。

「探してるんよ。本物の光を。こんな小さくて冷たい光じゃなくてさ。もっと遠くにあって、そんでもってでっかくて温かい光をよ。こうして俺たちが集まっている光ってのは、人間たちが作り出した偽物の光だ。こんな小さくて冷たい光だとすぐに届くもんだから、阿呆どもは頭ぶつけて死んじまう。俺みたいに賢いもんは、やっぱし目指すもんが違う」

「目指すもの?」

「ああ、そうや。要するにゆめや、夢」

するとゴムボールが跳ね返るようにそいつは躯を翻して俺から離れた。

「夢はでっかくて温もりがある方がいいに決まってる。その方が迷わず進めるだろ。あんたもそうしな」

そいつは俺よりも少し小さいくせに、俺の目に映るそいつの後ろ姿は、離れていくのになぜだか徐々にと大きくなって見えた。そして、次の瞬間には暗闇に紛れていった。