十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "Jスケッチ" の記事

『らしく怠ける』

私の担当であるJは、実は相当な大物らしい。

Jは大手不動産会社の社長であり、とある協会の会長であったり、政治家や警察関係者の上役とも通じていて、Jの一声で国を動かすことも不可能ではないのではないかという噂があるほどだ。さらにはその資産の額が、裏にあるものも含めれば国の借金をまるごと補えるという噂まである。

それにも関わらず、Jには身内がいない。結婚をしていないだけでなく兄弟もいないのだ。要するにJの資産を引き継ぐ人間が未だに決まっていない。そのおかげでJの知り合いという多くの資産家かから学生時代の友人らが、腰を低くしてJのお見舞いに来るのだから、私としてはありがた迷惑な話だ。

Jが入院してきたのは一週間前。それから今日までの間に何人のもの年季の入った自尊心を背負った人たちを見てきた。皆、同じような言葉をJに贈り、同じような言葉でJも返していた。

患者の私情に首を突っ込むわけにもいかないのだが、どうしても気になったので私は、Jに恐る恐る尋ねてみた。

「どうして皆さん、あなたのこと《王様》って呼ぶのですか?」

すると、なぜかJは肩まで伸ばした髪の毛を掻き上げる仕草をしようとして、途中で止めた。

「なに、ただの皮肉だよ。私が普段から胡座をかいてばかりいるんじゃないかっていう噂が広まっていてな。そのせいでそんな呼称が生まれてね」

「嫌じゃ、ないんですか?」

「出所は良くないが、《王様》ていう呼称自体は響きがいいからね。それにその噂、あながち間違ってはない」

Jは不気味にほくそ笑んだかと思うと、「これは秘密だけど」と前置きをしてから言った。

「私の耳は驢馬の耳なんだ」

寓話にかけたくだらない冗談だと思った。いや、それは間違いない。しかし、髪の毛に隠された耳に、生唾を飲む込むほどの存在があるような気がしたのは、Jという存在が不気味に恍惚としていたからだろう。

そしてJは最後にこう告げた。

「惰気満々としている方が、王様としても病人としても、らしくいる気がするんだ」
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『似た色の世を知る』

私の幼馴染みであるJは、恋多き人だった。

Jの傍らには常に恋人がいて、その恋人は短い期間で入れ替わっている。いったい今まで何人ものの相手と浮き名を流していたのかすらわからないほど。
恋愛とは一種の良薬であり、その薬の効果が切れると禁断症状が出てしまうのだと、Jは語っていた。

そんなJから相談を受けた。Jの相談に乗るのは今までにも何度もあった。基本的にはその時に付き合っている恋人の不平不満だったり新たな恋人への悩み事だったりする。しかし、大抵Jの相談は解決策を私に求めるのではないようなので、私は適当に相槌を返すだけで十分だった。


今回もそうだった。

「いったいどうしたらいいのか、全くわからない。色々と悩みすぎて苦しいんだ。なんだか血管から血液が漏れ出して、それが身体を蝕んでるんじゃないかなあ。毒みたいに」

自分の弱いところを見せて、相手の心の隙間に入ろうとする。Jの常套手段だった。

「毒と言えば、蠍の毒って猛毒のイメージがあるけど、ほとんどの蠍の毒には人を殺せるほどの毒じゃないらしいよ。神話で女神が放った蠍に、オリオンが刺されて殺されちゃうから、そのイメージが根付いちゃったんだろうけど」

ちょっとした知識をひけらかすのも、Jの得手に帆を揚げるところ。

「そんなオリオンにはなりたくはないけど、自分はオリオンに似ている気がするんだ。……最も親しい女神に愛されていないところがね」

相槌を返す私は内心、首を傾げていた。私にとってJは、毒にも薬にもならない。

『餓え知らぬ』

私が住む近所の公園に、Jは住んでいた。

その公園には休日ともなると親子連れやカップルなどで賑わう場所なのだが、所構わずJはその一角に段ボールやブルーシートなどで居座っている。そこからは時折風が吹くと豚小屋のような異臭が辺りを包み込むので、何度か行政の人が退去勧告をしていたのだが、Jは全く動こうとはしなかった。

Jは専らごみ箱を漁り、近所のコンビニや商店街から食料を調達しているようだった。しかしそれだけでは満たされないのか、赤の他人に対してまで食料を求めたりもしていた。まだ野猿のように奪い取ったりしないだけでも救いだった。

私はできる限りJとは関わらないように努めてきたのだが、そんなある日、公園の側を通りかかった時に背の低い植木の側にいたJと鉢合わせしてしまったのだ。右手にはレジ袋を握りしめ、何やら植木の方を見つめている。Jも私の存在に気づいて振り向く。警戒範囲を示すかのようにJの身体の周りを数匹の蠅が飛び交っていた。

するとJはなぜか歪んだ笑みを見せた。そのただならぬ雰囲気に私が思わず後退りをすると、Jは何もせずにそのまま振り返り、公園の敷地内へと入っていった。

その時の私は何一つ食料となるのものを持っていなかった。何か要求されたらどうしようという緊張感から解放されて一息ついていると、ふとJが植木の側で何をやっていたのか気になった。近づいてみると植木の一部が剥げていて、露わになった土の上にコンビニで売られている菓子パンが置かれていた。どうやら封は開いていない。

なぜ食べ物を粗末にするようなことをするのか。私は憤り、すぐその菓子パンを拾ってJの後を追った。

「どうして捨てたんですか?」

追いついた私がJに向かって菓子パンを突きつけると、Jは再び歪んだ笑みを見せた。

「何の話だよ。――でもまあ、食べられるんならもらってやる」

Jはそう言うと、豚の足のような腕で菓子パンを受け取った。

『強欲、獣を制す』

私の後輩であるJは、私によく懐いてくれた後輩のひとりだった。

特別Jに対して、何か慕われるようなことをした憶えはないのが、Jは私のことを信頼し尊敬しているのだと言ってくれる。悪い気はしない。しかし私自身、他人に対して特別自慢できるような特技を得てしているわけではない。自覚がないだけかも知れないが、あまり煽てられても困るのだとJには言い聞かせていた。

ただJは勉強熱心だった。熱しやすく冷めやすいところもあったが、それでも先輩である私が教えたこと以外にも、自ら行動して知識の幅を広げていき、そこから新しいアイデアなどを次々と生み出していく。それが暗礁に乗り上げかけていた事案を解決に導いてくれることもあった。それはまるで闇夜を照らす狐火のよう。私からしたらJはもう、私に頼らずとも生きていける人間であった。

そんなJから突然連絡あり、二人で旅行にでも行かないかと誘われたのだ。どこに行きたいのだと聞くと、Jは神社などのパワースポット巡りをしたいとのこと。近くには温泉もあるのだという一言に釣られ、仕事の疲れもあった私は有休を使い、Jと二人で有名な神社を回る旅行に出た。

私の運転する車で最初に向かったのはとある有名な稲荷神社。Jと私はそこでおみくじを引いた。私は大吉だった。Jは吉。

次に向かった少し小さな神社で、Jは再びおみくじを引いた。私は先ほどの結果が良かったので遠慮した。結果は中吉。

それから五つほど神社を巡り、その度にJはおみくじを引いていった。しかし恐らくJが求めていたであろう《大吉》を引き当てることはできなかった。

私は先輩として、Jが神秘的な者に頼らざる終えないような状況であるのなら、助けてやらないわけにもいかないと思い、その日宿泊する旅館の部屋で聞いてみた。

「何か悩んでることでもあるの? もしかして恋とか?」

するとJは、いつの間にやら引いたおみくじを全て畳の上に広げていた。それは、これから呪印術でも始めるのかといったような雰囲気。そして今までに見たこともないような微笑みで答えた。

「先輩、冗談はやめてください。悩み事なんてあるわけないじゃないですか。でもそうですね、強いてあげるなら、この興奮の抑え方がわからないんですよね」

Jのその笑顔は、何かに取り憑かれたかのように不気味だった。すると今度は、鞄の中からカードケースのようなものを取り出した。よく見るとその中には何枚にも束になった紙が収められている。そしてその中に、畳の上に広げられていたおみくじを一枚一枚丁寧に仕舞っていく。

呆然とその様子を見ていた私に、Jは言った。

「明日もたくさん廻りましょうね、先輩。――それじゃ先に温泉に行ってきますね」

部屋を出て行ったJを見送った後も、しばらく私は狐につままれたかのような気持ちだった。

『怒り憩う』

私の同期であるJは、不器用でよく仕事で失敗をする人だった。

小さな町工場で働く私たちは、小さな部品を製造する仕事を毎日行っている。まだ新人の私たちは、工場長や先輩たちに直接教えを請いながら働いていた。

その中でもJは、人一倍仕事を全く覚えるのが遅かった。技術を求められる仕事は慣れるまで時間はかかるもの。しかし、Jはかかりすぎだった。それは同期の私が見ても明らかだった。

失敗をする度に工場長や先輩たちから叱責を受ける。Jはすぐに「すみません」と頭を下げるのだが、先輩の気づかないところで小さく文句を吐いていた。何て言っているのかはわからない。それでも口元を見れば悪魔が囁くようにぶつぶつと言葉を吐いているのがわかる。

もうJの導火線には火がついていて、いつか爆発してしまうのではないか。あるいはJのその態度が先輩に気づかれて逆鱗に触れてしまうかも知れないということを、私は恐れていた。

仕事が休みの日、私はJを食事に誘った。もちろん先輩などはいない。Jの話を聞いて、少しでもその導火線の火を沈めることができないかと模索した結果、そうすることにしたのだ。
こうした食事は初めてではない。元々Jは人当たりの良い人間だった。同年代や後輩には好かれるタイプなのだと思っていた。馬が合う。そう感じていた私とJは、当初は何度も食事をしていた仲でもあったのだ。Jの仕事での失敗が目立つようになってからは、互いに食事に誘うのを敬遠していた節もある。私にとっては、以前のように戻れたらという願いもあっての今回の食事でもあったのだ。

お酒が進み出すと、Jは呪文のように工場長や先輩たちの文句を吐いていった。頬を赤らめ頭には角を生やしていた。
私はそれを邪魔しないようにただ受け止めるだけに専念した。Jの話し相手になることでJが抱えるストレスを吐き出せる受け皿となれれば良かった。言葉の内容は頭に止めず聞き流す。丁度いいタイミングで相槌を返してあげることだけに集中する。

しばらくすると、酔いの回ったJは言葉数が少なくなり、うとうととし始めた。私は「そろそろ帰ろうか」と言い、ふらつくJを支えながらお店を出た。

道でタクシーを捕まえてJと一緒に乗り込む。車内でJはまだ吐き出したりないのか、目を閉じながら口元を小さく動かしぼそぼそ声を漏らしている。普段は聞けないその言葉。何と言っているのか気になった私はJに近寄り口元に耳を近づけた。

その時、私とJの肩がぶつかり、その反動でJの身体は力なく倒れ、Jの頭が私の膝の上に乗っかった。

見ると、Jの口元はもう動いていない。私もしばらく動けずにいた。他人の頭が自分の膝の上に乗るのは初めてだった。自分の心臓の音だけが烈しく聞こえる。

タクシーがJの自宅近くに着いた時、なんとか私はJを起こした。そして去り際にJは、私に気を遣うような素振りは一切見せずに「まだまだ吐きたりないや」と言った。

Jのその頬は元の血色に戻ってはいたが、まだ角は生えているようにも見えた。
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