十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "ミスリード" の記事

『色眼鏡の世界』

 この世界は生きにくい。

 そう感じ始めたのは、いつからだっただろうか。

 イベント終わりのある日、私の唯一何でも話せる相手である真美に、あることを言われた。

「優子は大人っぽいよね」と。

 私はこの国の制度であれば十分に大人の年齢だ。○○ぽいという表現があったからこそ、私は真美に対して首をかしげた。

「意味わからん」

つい、素っ気ない言葉を返してしまう。

「いやいや、別に老けて見えるって訳じゃないよ。なんとなく一歩先を見据えているって感じかなあ……」

 なんとなくで言われても、しっくりとこない。それに感情がこもっていないように思えて仕方がなかった。
 だから、真美を試す意味で訊いてみた。

「それなら、そこの公園のベンチに座っている人……」

「どう思う?」

 一瞬戸惑ったが、言い直すのも面倒になったので、私はそのまま訊いた。するとしばらくの間が空いてから、真美は答えた。

「真面目な感じ。仕事にばかりで、ひと言で言うとつまらなそう」

 最後のひと言は余計な気がしたが、真美にとってつまりはそういう風に見えているということなのだろう。

 正直なところ、私には違って見えた。
 公園のベンチに腰掛けている男性。きちっとしたスーツを纏い、黒縁の眼鏡をかけ携帯電話を片手に電話をかけている。その様子から、彼がつまらない人間と思えるような要素は感じられない。むしろああいう人ほど、心の奥に人には見せない趣味趣向を持っていて、休日などはそれを楽しんでいるものではないだろうか。

 だから、何を持って人を判断するのか。それはその人それぞれで、基準というものは誰かが勝手に作り出し、それを誰かが勝手に決めてしまうものなのだ。

 特にこの世界では、その基準が曖昧だ。曖昧だからこそ良いのかもしれないが、その曖昧なもので、判断され決めつけられてしまうのは納得がいかない。

 この不条理な世界で、私は生きている。笑顔をも作らずに。

 するといつの間にかベンチに座っていた男性はいなくなっていた。辺りを見回してもどこにもいない。私たちの会話を聞かれてしまったのだろうか。

「やっぱりね」

 冷めた様子で言う真美に、私の気持ちも冷めていた。だからといって、私はまだ、真美と別れるつもりはなかった。

「もう少し第一印象で、かわいく見られるには、どうしたら良いんだろう?」

 私の悩みに、真美はあっけらかんと答えた。

「アイコン変えれば良いじゃない?」

 私のアイコンは、昔から気に入っているホラーアニメの女殺人鬼が、猟奇的な表情のものだった。

「そうなんだけど、これ気に入ってるんだよね」

 この世界、いつだって逃げ出せる。アカウント削除。そうしてしまえば、いつだって。
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『兄弟』

 ※※※

 強くて格好いい、僕のお兄ちゃん。

 僕ら兄弟は、生まれた時からずっと一緒に過ごしている。

 兄ちゃんは物知りで何でも知ってるから、僕にとっては先生でもあるんだ。だからといって、喧嘩をしないわけじゃない。

 僕がわがままなことを言うと、ちゃんと叱ってくれる。その時は、いつも僕はふてくされるのだけれど、僕もすぐに反省して謝る。最近は少なくなったけどね。

 そんな頼れるお兄ちゃんにとっても苦手なことがあるらしい。でも、それが何なのか、僕は知らない。
 いつも「誰にでもひとつやふたつ、苦手なものはあるもんさ」と言っているから、お兄ちゃんにもあるんだなって、僕は思っているんだけど、僕はそれを聞こうと考えたことはない。

 だって、お兄ちゃんが苦手なもの、それは僕にとっても絶対に苦手なものに決まっているから。それが兄弟ってやつでしょ。

 ただ、ある日お兄ちゃんが何かを悟ったかのように、僕に話してきた。

「なあ、弟よ。お前は将来、何かしたいことでもあるのか?」

「将来? あまり考えたことがないな。お兄ちゃんとずっと一緒にいられれば、それで十分だよ」

 僕がそう答えると、お兄ちゃんは小さく笑った。

「そうか。お前はやっぱりかわいいな。……なら、問題ないか」

「問題ない?」

 僕が首をかしげた瞬間、ふっと身体が軽くなった気がした。

 世界が宙を舞っている。それでも、僕とお兄ちゃんが離ればなれになることはない。僕らは繋がっているから。

 だから僕は安心していた。それに回っている世界の中でも、お兄ちゃんの表情だけは、はっきりと見えていたから。
 でも、その表情は、とても哀しそうだった。

「弟よ。俺たちはずっと一緒だ。それだけは例え何があっても――」

 お兄ちゃんの言葉の意味が、その時の僕にはよくわからなかった。


 ※※※


「好き嫌いはダメよ」

 お母さんにそう言われ、ぼくはふてくされた。

 食後に頼んだパフェ。そこには必ずと言って良いほどサクランボが入っている。ぼくはそれが好きじゃなかった。

 すっぱいし、ほとんど種。鳥が食べるものだろうって。

 ただ、今回注文したパフェには、二つの実の付いたサクランボが添えられていた。

「じゃ、俺にくれよ」

 隣に座っていた兄がそう言うと、間髪入れずにパフェの器に残っていたサクランボをひょいとつまみ上げて、口の中に入れてしまった。

 いくら嫌いなものでも、自分のものを兄に横取りされたのかと思うと、ちょっと気分が悪い。

 兄は自分勝手で、自分の思い通りに行かないと機嫌を損ねる。醜く太った頭の悪い兄だった。

 きっとぼくらは将来、一緒に暮らすことはないだろう。

『ペンディング探偵の代役』

 今日も龍穂探偵事務所に、一人の依頼人が訪れた。

 依頼人の名は、秋吉充(あきよしみつる)57歳。地元で板金加工業の工場を経営している社長さんだ。雪だるまのような体型に、屈託のない笑顔。社長というよりは、工場長のような雰囲気を出している。

「すみません、もう少々お待ちください」

 秋吉に三杯目のお茶を差しだし、私はすぐに時計を見た。午後七時を回った。この龍穂探偵事務所に龍穂さんはいない。私が朝いつも通り出勤すると、デスクの上に『午後には戻る』と書き置きが残されており、私は深いため息をついた。
 今日は元々休みというわけではなく、来客の予定も、この秋吉を含め三件入っていた。その内の二件は、調査報告の受け渡しだったので私ひとりでもこなせたが、秋吉は今日依頼内容をうかがう予定だった。それは流石に事務員の私ではできない。龍穂さんには昨日ちゃんと確認した。だから秋吉が来訪する午後三時には、戻ってくるだろうと油断していたのが間違いだった。

 もう、秋吉は四時間近くも待っていることになる。その間、顔色ひとつ変えずに事務所のソファーに腰掛けている秋吉のことを、私は仏様か何かと思うようになっていた。
 当然私も何もせずにいるわけにもいかず、龍穂さんに代わって、先に依頼内容をうかがってはいた。

 何でも、長年連れ添った奥さんが、不倫をしているのではないかと疑っているようだった。
 最近、嬉しいことに大きな仕事が入り、休日を返上して働いていた。家に帰ることも少なく、奥さんとは週に一度顔を合わせる程度。その奥さんは10歳も年下ということもあり、家にいない間何をしているかさっぱりわからない。そんなある日、奥さんの部屋から見覚えのない男性物の靴下を見つけた、と言う。
 それぐらいで、不倫を疑ってしまうのも早計だが、依頼内容は不倫の証拠を見つけるのではなく、不倫の事実の有無を確かめること。見つけた靴下が、奥さんの知人が忘れた物かもしれない。それに秋吉はとても奥さんを愛していた。思い出話も話の合間に色々と教えてくれた。それはまるで理想の夫婦といえる内容。とはいえ、一度心についたきな臭い煙は、土をかけて消してしまわない限り、ゆっくりと眠れないと秋吉は語った。

「ところでお姉さんは、おいくつですか?」

「え、私ですか? ……28ですけど」

「……そうですか」

 いったいこの人は本当に困っているのだろうかというぐらい、秋吉の態度は落ち着きを払っていた。ただ、慌てたところで犯人が見つかるわけもない。そう考えると、秋吉は肝の据わった人間だ。

「結婚は?」

「え、いやまだですけど」

 あまり依頼人とプライベートなことについては話したくない。しかし、話の接ぎ穂に困っていたので答えるしかなかった。

「結婚というのはよく、新たな人生のスタートと言いますが、あれは全く違うと思いませんか?」

「ん? んん、どうなんでしょう……」

 私が返答に困っていると、秋吉は小さく笑った。

「結婚というのは、人生を一旦休憩することなんです。公演のベンチに腰掛けるような、そんな感じ。親に育ててもらった人生は、全速力で走っていた。独り立ちして社会で働いている人生は、慎重にでも確実に前に進んでいた。そして最愛の伴侶と一緒に生活をする人生は、流れを一度落ち着かせ穏やかにする。つまり結婚は、人生の休憩地点。そこから新たな道へ出発するも良し。諦めて戻るも良し。……私はそんな休憩地点に腰を下ろしたままだった」

「ただいま」

 するとタイミング悪く、龍穂さんが帰ってきた。
 秋吉の話の続きも気になったが、まずは文句を言わなければ、私の腹の虫がおさまらない。

「ちょっと龍穂さん! 今まで仕事ほったらかしてどこに行ってたんですか!?」

「ああ、秋吉さんありがとうございました」

 龍穂さんは私に一瞥もくれずに秋吉に頭を下げると、「いえいえ」と秋吉は首を振りソファーから腰を上げた。

 その予定調和のような様子に、まったくついて行けないでいた私に対して、秋吉は申し訳なさそうに言った。

「実は、家内は3年前に亡くなっているんです。騙すつもりはなかったんですが、依頼人役として何か用意しておかないと話も膨らまないと、龍穂さんに」

「龍穂さんに」というひと言で、今回の全てを龍穂さんが用意した茶番だったことに気づかされた。

 全ては龍穂さんが怠慢のため。私にそれに気づかせずに、秋吉を使って店番をさせていたのだ。秋吉が役目を終えて帰宅した後、当然ながら、私は文句をぶつけた。

「ここまでするほどの用事って何なんですか?」

 すると龍穂さんは、コーヒーを片手にため息交じりに言った。

「まさか十文字ちゃん、おれが仕事さぼって遊んでたなんて思ってないよね。ちょんと仕事だよ。――ただ、あれ、秋吉さんも話し相手がいなくて寂しいって、言ってたからさ」

結局、この日龍穂さんが何をしていたのか、未だにわからない。ただひとつ言えるのは、私は龍穂さんにいいように使われているってこと。

『臨場感と疲労感』

 このゲームは落とせない。
 ロスタイムは3分。ボールは我がチームの手中に収めている。

「よし! こっちによこせ!」

 蹴り上げたボールは、反対サイドへと宙を舞う。コート上のほぼ全員の視線がひとつになっている中、一人だけ全く違う方向へと視線を向ける者がいた。
 彼はひとりゴール前へと走る。一歩送れて相手チームの選手がそれに気づく。しかし彼はすでにトップスピード。走力のポテンシャルはそれほど変わりないが、彼に追いつくのは不可能だった。

「前だ!」

 柔らかいタッチでボールを足に吸い寄せ、そのまま駆け上がる。無謀なタックルが彼にとってはちょうどいい祭り囃子だった。

 ゴールキーパーと一対一になった時、彼は空間を支配した。

 左の軸足を地面に打ち付けるかのように芝生をえぐり、振り上げた右足は風を切っていた。そして、ボールを打ち付ける音がしたかと思うと、ゴールネットが激しく叫んだ。

 ゴーーール!!

 そこでようやく、試合終了のホイッスルが響いた。

「はあ、疲れたあ」

「おいおい、これぐらいでバテるなよ」

「何言ってんだよ。サッカーやってて疲れないほうがおかしいだろ」

「いやいや、それはお前が熱は入りすぎなんだよ。たかがゲームだろ」

 そう言って友人は、席を立ちトイレに入っていった。

『ペンディング探偵の定め』

 ワンルームの部屋。ローテーブルに二人がけのソファー。三段のカラーボックスが二つ。中には雑誌や漫画、小説に誰かの啓発本などが乱雑に収納されている。
 キッチンにはフライパンや包丁などの調理器具、また基本的な調味料もそろっていた。冷蔵庫の中身を拝見すると、それなりの自炊はするようにうかがえる。それから洗面所やお風呂場、隅々まで調べたが違和感を覚えることはなかった。

 探偵である龍穂さんは、改めてこの部屋の住人である月島に問うた。

「本当に、空き巣が入ったんですか?」

「空き巣じゃありません。ストーカーです」

「しかし、ストーカーになる人物に心当たりがないのでは、現状空き巣と表現せざるを得ないでしょ。それに万が一ストーカーが侵入していたら、物を盗むというより、何か物を残していくのが通例です。例えば盗聴器や隠しカメラなんかを」

「でも、私が大切にしていた写真が無くなっているんですよ。ただの空き巣が人の写真なんて持っていきます?」

 月島の言葉には一理ある。確かに空き巣が金目の物には一切触れずに、人の写った写真を持っていくのは異常だ。月島と面識のある人物が、月島に何らかの感情を抱いて犯行に及んだと推測するのが正しかった。

 すると、唐突に龍穂さんは言った。

「ところで、月島さん。お酒は毎晩飲まれます?」

「え、どうしてですか?」

「いやあ、先程冷蔵庫の中身を確認したところ、お酒のおつまみとなるような食材をずいぶんと買い込んであるのに、肝心のお酒が見当たらない」

「ああ、そ、それは友人がいつ遊びに来てもいいように、ストックしてあるだけです」

「そうですか。それじゃ、お酒はいつもご自身では買わないのですか?」

「……買いません。お酒は外で飲むことが多いです」

「わかりました。今回の一件は一度持ち帰らせてください」

 龍穂さんはそう言うと、足早に月島と別れたのだった。



「それで、結局また保留ですか?」

 私は事務所のソファーで横になる龍穂さんに向かって言った。すると龍穂さんはあくびを交じりに答えた。

「ふぁーあ。うん、あれは怖いよ。これ以上関わり合いたくないからね」

「でも、報告書には何て?」

「今回の一件は警察の見立て通り事故死だよ。何かの拍子に転倒して頭をぶつけた。月島さんはだいぶ酒癖が悪かった。それだけなら兎も角、自覚がないことが恐ろしい。写真も事故後、実際部屋の中で見つかったそうだ。刑事さんが言ってた」

「事故後、部屋は警察の方々が掃除されたんですか。あの大量のゴミを」

「そうそう、すごいよね。十文字ちゃんも一緒に中に入ってくればさ、あそこまで時間はかからなかった」

「ごめんなさい。どうしてもああいった場所は……」

「まあいくら十文字ちゃんでも、女の子にあの部屋に入れとは言えないか」

 龍穂さんはそう言うと、上着の内ポケットから少し歪な封筒を取り出した。

「この中に、その時の会話を録音したボイスレコーダーと、月島さんが盗まれたと勘違いしていた写真が入ってるから、後はよろしく」

 結局、最後は私がやるのか。
 龍穂さんから受け取った封筒の中身を確認すると、確かにボイスレコーダーと一枚の写真が入っていた。写真を取りだしてみる。そこに写っていたのは、笑顔で微笑む月島とテレビでよく見るとても美しい女性の笑顔だった。

 しかし、もし月島が事故で亡くならず、この件の解決を求めてきた時、龍穂さんは何て答えを出すのだろう。私には想像も出来ない。
 ただ、もうこの件は保留。そう龍穂さんが決めてしまったのだから、私はそれを受け止めるだけ。
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